2006年03月20日
尺八に魅せられて
ある年の正月に実家で父親と話しているうちに尺八の話になり、家にも尺八があるといいタンスから1本の尺八を持ってきた。実は、祖父が吹いていたものであるという。この尺八を吹いてみたらボオーという音が出た。そこで、持ち帰って遊びながら童謡や歌謡曲を吹いていたが、半年も経つとだんだん物足りなくなり、また、技術的にも行き詰まりを感じるようになってきた。
そんなとき、近所に尺八を吹いている人がいるのに気づき、あるとき、教えてほしいと訪ねていったら、実は近所に習いに行っているので一緒にやりませんかと誘われたのが尺八を続けるきっかけでした。今から丁度25年前のことです。習いに行ったところが、琴古流という虚無僧が吹いていた曲を勉強しているところであった。そこで、初めて尺八に流派があり、長さの違うものがあることを知った。私が田舎から持ってきたものは2尺管であったので、1尺8寸(約54cm)管とは音が合わないと言われ、急遽1尺8寸の木管を買った。木管は安いし、何時まで続けられるか分からなかったからである。この木管で約1年練習した。練習しているうちにだんだんと引き込まれ、それから思い切って私にしては高価な竹管を買った。今使用しているのがこの尺八である。
尺八は、竹の節を抜いて表側に4つ、裏側に1つの穴を開けた極めて簡単な構造である。そのために音も素朴である反面、奥が深い。同じ音が出ることは少ない。同じような音は出てもそのときの体調や気分によって音が変わってしまう。息がそのまま音になるだけに息の乱れは音の乱れになって現れる。また、同じ尺八でも、吹く人によって音質が異なる。音色という言葉があるが、人によって音の色が違う。黄色もあれば赤色もある。同じ赤色でもピンクに近い赤色もある。上手くなるに従って澄んだ赤になる。どの色が良いとはいえないが、音色とは和楽器にぴったりの言葉であるように思う。
尺八は、吹くというよりは息を吐くといった方がいいかもしれない。従って、精神を落ち着かせてゆったりした気分で吹かないと息が続かないし、良い音が出ない。何かと時間に追われ、ストレスのかかる現代では、気分を落ち着かせる一時を持つということは大事なことです。とはいっても、思うように音が出なかったり、悩みがあるときにはなかなか無心に息を吐くことはできません。まだまだ、修行中です。
尺八は、支那で生まれ、隆盛を極めたのは唐の時代といわれている。楊貴妃が尺八をよく吹いていたと古書にあるそうです。支那から伝わった尺八は、今の尺八とは少し違うようで、昔は雅楽に用いられていた。醍醐天皇、堀河天皇の時代です。聖徳太子が吹いていた尺八が法隆寺にあり、正倉院には聖武天皇の尺八も残っている。今の尺八は雅楽に用いられていた尺八よりは少し長めで、仏道修行の法要に用いられていたものが発達したものといわれている。
2005.9.27 関根光生(竹号:光友)
投稿者 soken : 12:47 | コメント (0) | トラックバック (0)