成功する企業には新商品開発がある
6.開発管理の要点 - 新商品の果実を結ぶ -
6-1.開発環境の整備
〔経営者精神と技術者意識〕
● R&Dへの投入資源
企業は、『人』・『モノ』・『金』・『情報』・『技術』といった、多種多様な資源を最大限に活用しつつ経営を進めま す。新商品に関する研究開発(research and development:R&D)についても、『技術者』・『施設』・『設備』・『開発資金』といった、この分野専用の経営資源が注ぎ込まれる環 境のもとで推進していかねばなりません。
その経営活動の中において研究開発環境は、図表6-1のように考えられます。これはやや理想的な感があります。が、程度の差こそあれこのような開発環境の整備は、会社が主体となって構築していくものです。
ただ、こうでなければ「研究開発はできない」といっているのではありません。むしろこれらの諸条件と内容は、開発環境を考えるうえでの一種のチェック・ポイント、いわば留意点だと思っていただいて結構です。
● 開発資金と開発成果の因果関係は
さて会社が考える、効率的な経営資源の投入は、なんと言ってもまず開発資金です。これは純粋に研究開発に要する費用だけでなく、開発対象たる新商品や新サービスが「稼げる」ようになるまでの『運転資金』すなわち『つなぎ資金』など、総合した資金力としてみておかねばなりません。
開発に投入する資源は、開発成果との因果関係が確実にあります。ただ研究開発の成果は、無数の要因が絡まった結果として現れるため、投入資源の大きさだけで「成果を測る」ことはできません。
しかし逆に、投入資源と成果の間に「因果関係が全くない」つまり「頑張りさえすれば、必ず良い結果が出る」というような、安易な答えは絶対にないので す。要するに図表6-2のように、開発への投入資源と成果の間の因果関係が不明確な中で、開発者の頑張りにベストの成果を引き出させるために、いわゆる 「マネジメントの巧拙」が効くというわけです。
● 隣の芝生は必ずしも
会社の開発投資には、いろいろな形態があります。場合によっては、優秀な人材の引き抜きをするために使われる資金かもしれません。何はさておき、閑静な環境に「中央研究所を設置したい」と考える経営者もいるでしょう。
研究開発者にとっては、豊富な調査費、実験材料費等の「試験研究費を使わせている」と思える隣の芝生があると思えるかもしれません。が、残念ながらこれらの開発資金には「これだけ投入すれば」「これだけの成果が上がる」という保証がありません。
しかしそれは当然であって、もしも『投入成果が数値的に表示できる』なら、この世に失敗とかリスクという言葉がなくなります。経営の神様や伝説的な名経営者もいなくなれば、逆にお金のないベンチャー起業家の努力など、世の中に必要としなくなります。
だからこそ、中小企業には新商品開発が、大企業と十分に戦える成功要因になるのだともいえるわけです。
● ハングリー精神だけではもたない
ただ、ベンチャー企業の親父さんが『命を懸けたねじり鉢巻き』で、ヒット商品を開発したエピソードは、たしかに多くあります。これには多少の誇張があるにせよ、普通の企業が開発環境の状態を顧みず、ハングリー精神だけに成功要因を求めるわけにいきません。
人間は誰でも「いい仕事をしたい」のですから、技術者には個人的な自己実現欲があるものです。中には「研究開発の仕事が飯より好き」な人もいます。また時には、思考の集中度を増すために、ハングリーな環境で「背水の陣を敷いて頑張る」人もいるでしょう。
しかし「どんな環境であっても頑張れ」というのは、経営者の論理です。一般ビジネスマンには、いわんや昨今の若者にはそんな精神論は通じません。だからこそ新商品開発管理の、企業経営的な意義があるともいえるのです。
〔投資水準の決定〕
● 無い袖は触れないものの
贅沢な開発環境の整備を望めない中小企業では、開発投資について「とても無い袖は振れない」ことになります。が、『分相応なレベル』の範囲内において、開発リスクを避けながら「ヒットを飛ばした」事例は、単なるエピソードではないのです。
どんな事業でも、やがてそのヒット商品を大きなリスクに耐えられる規模に成長させていく道は、随所にあるものです。
たしかに、分相応なレベル以外に「無い袖は振れない」のですが、新商品開発のためには「あらんかぎりの袖」を振らなければなりません。では、どの程度までなら「袖が振れる」か、投資水準の考え方です。
データとしては、試験研究費の『対売上高比率』などのレポートをよくみます。特に高度成長期の経済誌などに、よく見られたものです。が、こんな番付表などは、開発投資のひとつの目安となり業種別特性などをしる指標にすぎません。
● やたらに指標を求めない
またある経営者は「利益の半分が税金だから、その分を研究開発投資に回せば、同じ投資額で倍の研究ができる」といっていました。が、これでは開発投資の資金計画が全く立たないばかりか、利益を「上げるための商品開発」が、利益を「下げるための行為」になってしまいます。
投資水準を決める意志決定は、こんな錯覚がでるくらいに難問です。そんなことなら、ここでは「もてる袖を目一杯振る」という抽象的な水準にとどめた方が、まだましだというべきでしょう。
結局、開発費の投入水準は、各企業別の与件を考慮したうえで、独自に意思決定するよりほかにないのです。要するに、経営者の『ハラで決めるべきだ』ということです。
〔研究開発施設の要件〕
● 施設の立地条件
研究開発施設は、投入資源を長期にわたって固定化します。ですから仮に、分不相応な中央研究所を設立するとすれば、多額の資金を眠らせることになります。そんなことは誰でも分かることですが、成功した中小企業経営者には、小さな研究開発施設でも持ちたいという『憧れ』も『見栄』もあるものです。
それはともかくとしても、施設の立地は情報収集に最適の場所が一番だということです。しかも情報に『直接触れられる研究開発環境』が最適の立地です。
社長が所有する別荘地がたまたま空いていて「研究開発にいい環境だから」と、ささやかな研究所を設立しました。が、喜ぶはずの技術者は、誰も行きたがらなかったという実話もあります。
また仮に施設の設立を機会に、『筑波学園都市』や『地域の大学所在地』などへの進出を検討するとします。すると会社は、よほど『確たる新商品コンセプト』をもち、それを「中長期に継続追求」する覚悟がなければなりません。進出目的がはっきりしないと、会社が損するばかりか、派遣された技術者本人も「環境が醸し出す重圧」に潰されます。
● 情報の在り処は
開発情報として、ウエイトが高いのは市場情報です。消費財商品の市場情報は別荘地ではなく、人口集積地に多く集まるに決まっています。消費者に直に触れて得る情報は、変化が激しくかつ急速です。いくら広々とした業務環境でも『山篭り状態』では、インターネット時代でさえも『世情音痴』に陥ります。
これに対し技術情報は、日進月歩の変化があるとはいえ、研究機関や大学など情報のある場所へ、必要な時期に出掛けて行って、集中的な収集が可能です。また新商品開発が技術情報から始まる(Seeds oriented)と、プロダクトアウトの弊害に陥る危険性もあるわけです。
「門前の小僧が経を覚える」式の情報接触機会は、技術情報よりもむしろ市場情報の方に必要です。研究開発施設は情報収集に適した場所にあることが設置の要件であっても、その情報は必ずしも科学技術情報だけではありません。
6-2.開発管理の手法
〔管理嫌いのわけ〕
● 好き嫌いの問題ではない
研究開発の管理は「大変難しい」といわれます。研究開発には、よい管理手法がないから「当事者に全面的に委ねる」というトップさえいます。要は、技術者の『良心』と『自覚』を重んじた「自主管理に任せる」というのでしょう。
一方で技術者サイドでも、筆者の友人のように「管理という言葉さえ嫌い」だと、はっきりいう人もいます。
ですからここに『自由』に『のびのび』と研究してもらいたいトップと、『やりたいようにやらせる』約束だったといきまく技術者が登場するわけです。が、このような発言はいずれの方も、研究開発業務が会社のひとつの機能として捉えられていないのです。
いまさらですが、管理というものは計画、実行、統制つまりPlan Do Seeの三要素がセットで構成されています。ですから「自由にのびのび」に反しそうな『統制を外す』のでは、『計画からして無用』になります。
かといって、ただ「実行あるのみ」では、趣味や道楽ではないのですから、研究開発という仕事が会社経営の概念から外れます。
● はじめに計画ありき
管理には、はじめに『計画』があり、それに照合して『実行』した結果を『評価』し、『統制』につながります。が、これらの管理要素の中で、研究開発業務を的確に評価することは、たしかに難しいことです。
研究開発の現場では、試行錯誤する過程の中で『思わぬ発明・考案もある』代わりに、思わぬアクシデントに見舞われて『何も残らない』こともあります。
しかし『のびのび』や『自由勝手』は、統制の「緩め方の問題」に過ぎないのです。緩めようが、厳しかろうが、統制は統制です。そこで図表6-3のように「ストライクゾーンを大きくする」から、三振を打ち取るほどの剛速球を「思い切って投げてこい」というような、管理態度が提唱できるというものです。
ストライクゾーンがいくら広くても、ストライクはやはりストライクであり、ボールはボールです。ストライクとボールの『評価』、『判定』が的確になされなければ、野球にはなりません。
〔計画策定のポイント〕
● 最も大切な中期開発計画
計画の構成は基本的に、他の経営計画と同じです。ですからこれを期間区分すれば、一般の経営計画と同様に図表6-4の類別があるわけです。
これまでの説明プロセスからすれば、開発計画を樹立する前にあらかじめ『新商品企画書』にまとまっています。したがって開発計画の内容は新商品企画を、より具体化するための「情報を追加すれば」いいはずです。
期間区分のうち長期開発計画は、会社の将来を規定する『考え方』に過ぎませんが、中期開発計画は具体的な実行計画ですから、経営計画の中では最も重要な位置付けになります。
ただ、いつまでも開発上の諸問題、特に新技術導入や標的市場の問題が解決できずに、ずるずると引き延ばされてしまう年次開発計画があります。その挙句、結果的に中期にわたっても、それは絶対に中期計画ではありません。このような案件があれば、その個別の計画を一旦中止にすべきです。
● 研究開発計画の中身
研究開発計画は、要員計画、開発日程、開発予算などで構成されます。が、その内容の細かさは、どこまで設定するかが『策定のコツ』になります。先の「的 を大きくとって思いっきり投げさせる」管理方針から、計画内容は「詳細緻密に固め」あげることはしません。図表6-5の要領です。
計画で最も難しいのは、研究開発の対象である新商品イメージを「どの程度まで具体化した目標値にするか」です。目標値の具体的項目としては、商品類型や 市場分野、サービスのジャンルなどによって異なってくるでしょう。が、研究開発対象は、図表6-6のような事項を決めておくことが考えられます。
これらの項目は、既に企画書に5W2Hで大ざっぱに記載されているはずです。また、アイデア評価段階で再度検討され、開発内容が詳細になっています。したがって『開発者に対する目標』の付与としては、それらの事項を表すだけで十分でしょう。
● 計画の修正や訂正は
しかし、いよいよ開発を着手する段階で『計画目標設定会議』とか『新製品仕様検討会』などを開いたら、営業部門が『数段厳しい仕様』や『サービス形態』または常識破りの『低い売価水準』を要求したとします。
それならとばかり『開発要員の増強』や『期間の延長』『予算の枠増し』または『目標スペックや予定価格変更』が、後で必要となるのでは、せっかくたてた計画が無意味になります。
ですから、開発初期段階の修正は不要です。その理由は、開発計画が『走りながら考え』なければならない性質があることです。研究開発過程では、修正を余儀なくされることがよくあるものです。
一般の経営計画が「どうせ後で修正するのだから」と思われるようでは、「ない方がまし」になるかもしれません。が、不確定要素の大きな研究開発計画は、ある程度の修正が前提であっても、絶対に『なければならない』ものだということです。
研究開発管理が難しいから、大きなストライクゾーンを設けるのです。それを第一球でホームラン性の大ファールを打たれたからといって、すぐにルールを変更したのでは、次に投げる球がなくなります。