4.人の知恵にみる標準化
4-1.標準がもたらす社会関係
● そもそも標準とは
標準という『ものごとの考え方』は、人間が集団生活を営むうえで必要な、素晴らしい知恵だと思います。この知恵は、ISOやJISなどにみられるように『ハードの生産』において、計り知れないコストダウン効果を発揮しています。また最近は「約束事だけで成り立つ」コンピュータ・プログラムのような『ソフトな工業製品』も標準化が進み、ハードと同じコストダウン効果がみられます。
それはそのはずで、JIS Z8101品質管理用語の中で、標準とは『関係する人々の間で利益または利便が公正に得られるように統一、単純化をはかる目的で、物体・性能・能力・配置・状態・動作・手順・方法・手続き・責任・義務・権限・考え方・概念などについて定めた取り決め』とあります。
同じく、標準化とは『標準を設定し、これを活用する組織的行為』とあるのですから標準及び標準化は、人々の生産行動に限らず『生活のすべて』にかかわってきます。したがって標準の概念はハードよりむしろ、ソフトな側面にかかわる方が多いとさえいえます。
ちなみに思いつくまま、社内で設定されている標準をあげてみると、図表4-1のようになるでしょう。ここでもやはり、ソフトな標準の方が多く目に付きます。
ですから企業活動においても、ベストコストをつくり込むには、どうしても太古の昔から続く『人間の知恵をフル活用』しなければなりません。
● 社会的規範と社内の取り決め
標準の定義では、手順・方法から考え方にまでみられる『人間同士の取り決めごと』についても、それを標準として皆が順守すれば、それらの能率が上がるということです。したがって標準化は、会社の直接・間接の両面においてあらゆる事項が、ベストコストを目指すには深いかかわりがあるといえます。
まずハードな側面の物的標準ですが、これのコストダウン効果は直ぐにわかります。つまり「みんな同じ」にして「同じよう」に大量生産すれば『量の経済性』が出て、数量メリットを得ることです。それを第一として単純化、単一化、ムダの排除などなど、副次的な標準化メリットはすでに常識の世界です。
しかしソフトな側面において関わりがある計数標準、つまり「数値で定められた標準」や、いろいろな「取り決めごとで定まる標準」については、誰もが一様に認識するとは限りません。
すると分かり難いソフトな標準は、ただ取り決めごとに縛られるだけの「窮屈なだけ」の『効率性を阻害』する要因になりかねません。これではかえって、コストダウンを損なうことになりかねないでしょう。
標準化という人間の知恵は、社会的規範である一方で、やはり人間の集団である社内の運営基盤としてはたらきます。が、社会的規範と社内の取り決めとの間には、かなり大きな性質の違いがみられます。
● 標準の定め方と守り方
違いの第一は社会的な標準が、同業者などが集まって『パブリックな機関』で、規格という形式で決めらます。図表4-1にあるとおり、JISやISO、JASなどはその典型です。それに対し社内の『プライベートな機関』において習慣の追認や諸規定などの形式で決められてくるのが社内標準です。
違いの第二は、標準の順守についていえます。社会的標準はそれ自体に、必ずしも法的強制力があるわけではありません。が、この社会的規範ともいうべき決めごとを『守らない者』の製品は『売れない』という社会的制裁を受けるということです。
それに比べて社内標準は、こういった外圧もなければ損得上の制裁もないことです。つまり『社内の標準』は、いろいろな『管理や運営』がし易いように、自分たちだけの利便性によって、自分たちだけが勝手に決めているからです。
したがって社内標準はトップなど管理者側の独善もあって、生産・販売活動の現場にいる被管理者側の『コストダウンする人々』に無視される可能性が高まることもあります。
しかも不思議なことに『標準規格』を定めるパブリックな機関は多くの場合、必ずしも『利害が一致しない同業者』がかかわります。これに対してプライベートな機関は、みんなの『利害が一致している』メンバーで構成されているはずなのです。
ですから「勝手に決めて、誰もが守らない」危険性が、会社の中にある標準だともいえます。これでは、標準化による『コストダウン効果』が期待できませんから、当然ベストコストなど目指せません。要するに標準は『定める』ことより、『守られる』ことのほうが大切だということです。
● 順守される標準のために
標準は有効活用されるために、先ず社内の標準化対象について「過去の実績」を調べます。またそれらの対象は、調べた実績に予測を交えて、将来ともに順守できるよう吟味しなければなりません。
ただ予測というものはどんなに吟味しても現時点では、どれほどの的確性があるのか分かりません。が、予測が如何に難しくても『標準を立て』または『標準化を進め』なければ、この人間の知恵は活かしていくことができないのです。
そこで考えることは、敢えて難しい『予測に挑むリスク』を冒すよりも、あるレベルの決断がつけば、その時点での標準を立て、標準化を進めることです。もしも残念ながら予測が外れ、標準が実情に合わなくなってきたら、その時点で新しく標準を『立て直す』か、新しい『標準化を進める』か、標準の改廃などの変更を進めるだけのことです。
ずさんな予測に基づき、朝礼暮改されるのでは標準といえません。が、誰にも順守されないまま放置されている標準は、もっと困った存在になるのです。なぜなら「標準がある」かぎり、効率性の有無にかかわらず『順守している方が楽』ですから、黙ってやっている人も出てくるから困るというわけです。
特に先端技術の分野では、時代遅れの『規格に縛られて』社会的な水準を低下させる事例などが、結構多くみられるものです。
4-2.企業を舵取りする計数標準
● 計数標準としての予算
社内にある、代表的な計数標準は『予算』です。予算といえば、はじめに「苦しい台所事情で切り詰められる」経費予算のことが思い当たるかもしれません。あるいは担当する仕事の内容から、十分な設備予算が「とれなくて機能ダウン」し、かえってコスト高についたといった、苦い経験をもっている場合もあるでしょう。
予算とは、文字どおり『あらかじめ計算』しておくものですから、この『あらかじめ』の部分で「見込み違い」などがあって窮屈に感じます。それとも窮屈なのは、予算不足という経済的な事情のほうが、大きいということでしょうか。
それはともかく予算は、コストを『計画的』に消費するために、役所や会社、家庭でも、大いに機能しています。どんな会社でも、有り余るコストを消費するわけにいきません。
どこかに、そんな『お役所』や『大金持ち』の家計があるかも知れません。が、少なくとも公器である企業では、いろいろな制約条件がある中で、精一杯の『工夫を凝らす』のが、企業経営という行為です。ですから、多少窮屈なのは仕方のないところで、その環境下でこそベストコストをつくり込む甲斐があるというものです。
● 年次始めに年次末を予測
コスト・コントロールに、最も大きく作用する予算は損益予算です。また予算編成とは、期末にできる損益計算書をあらかじめ年次計画の中でつくっておくことです。したがって経費予算も、設備予算のうちの減価償却費予算も、全部損益予算の部類です。
ただ損益予算の土台は『益の方』の売上高予算と、『損の方』の生産高予算または商業の仕入高予算です。そしてこれらを形成していく予算編成は、前提として『当該年次を見通す』予測がなければ、業務が一歩も進まないのです。
会社によっては予算制度などなくて、トップによる年間見積りだけを目標値として経営するケースもあるでしょう。いわゆる『どんぶり勘定的経営』なのですが、企業によって事情は違っても「見通しを立て」たり、それを「計数にまとめて把握」したりする経営は、基本的な違いはありません。
● 予算を構成する二つの側面
予算という社内標準にはもう一つの側面があります。つまり年次末を予測し『計数化した予算』は、いかにして『達成していくか』という、期中の行動計画がなければなりません。数値計画たる予算は、行動計画つまり実施スケジュールとペアになっていることです。
これは企業経営の方から逆にみると、経営計画は『行動計画と予算』で構成されているのです。まさに図表4-2のとおりの構成です。図表では、本章からみれば『余談』かもしれませんが、経営計画すなわち利益計画を立てるときの留意点も交えて示しましょう。
● 係数標準に必要な制度標準
予算そのものは典型的な係数標準ですが、さらに『予算をまとめる』単位としての標準が存在するわけです。つまり経営計画の中の予算という係数標準は、要素標準とでもいうべき制度的に決められた標準をもって組み立てるのです。
この場合の要素標準とは、販売高予算では平均売価であり、生産高予算では標準原価または仕入高予算は過去の実績などを踏まえたコストテーブルです。が、ここでは平均売価と標準原価を用いる生産高予算について考えます。
まず損益予算は、図表4-2のように構成されていますから、はじめに収益側の『平均売価』と支出側の『標準原価』で年度別標準を立てておけば、商品の品目別販売数量の見通しを立てるだけで、限界利益予算が立つという利便性があるわけです。
つまり「どの商品」が「どれだけ売れるか」だけを予測すればいいのです。あとは、販売費・一般管理費を要素別に予算化すれば利益計画が立つことになります。このような予算の組立方法は、流通業でも同じです。