会社を立ち上げ、その会社を苦労して成長させてきた経営者の皆さん
あなたが亡くなった後、その会社はどうなって欲しいですか。自分で作った会社だから、自分の代で終わらせてしまおうと考える方もいるでしょう。いやいや、苦労して作った会社なのだからもっともっと成長して欲しい、大きく成長しなくとも自分が生きた証として継続はして欲しいなど、経営者として会社の存続を考える人は多くいると思います。
では、会社を後継者にスムーズに引き継ぎ、存続させるためにはどんな準備をしておけばよいのでしょうか。今回のコラムでは、経営者である自分が亡くなった後、事業承継を比較的スムーズに行える手段となる「遺言」について説明します。
1. 遺言とは
遺言とは、遺言者(遺言を書く人)の財産を誰に残すか、という遺言者の最終意思表示のことを言います。これを書面化したものが遺言書です。一般的には、「ゆいごん」と読まれますが、法律用語としては「いごん」と読みます。遺言の効力は、遺言書に書かれること全てに及ぶのではなく、民法で規定されている「遺言事項」についてのみ、法的効果が生じます。
遺言事項としては、相続分の指定、特別受益分の控除、遺産分割方法の指定、推定相続人の廃除、こどもの認知、遺言執行者の指定、祖先の祭祀主宰者等が民法上規定されています。
他方で、遺言事項以外の事項については「付言事項」と言います。法的な強制力はありませんが、たとえば遺言者がなぜこのような遺言を書いたのかという心情を書くことによって、これを読んだ相続人等が遺言者の気持ちを理解し、争いを未然に防ぐというメリットがあります。
2. 遺言の種類
2-1 自筆証書遺言
自筆証書遺言とは、遺言者が遺言の全文、日付、氏名を手書きして、これに押印する方式で行われます。紙とペンさえあれば遺言書を作成できるので、費用もかからず、簡便な方法として多く利用されています。もっとも、法律知識がないと、内容が不明確であったり、方式上の誤りを侵しやすく、かえって紛争を生じさせる可能性が高くなってしまいます。また、保管方法によっては、紛失や改ざんのおそれがあること、手書きでの遺言書作成は高齢者や身体の不自由な方にとってはかなりの負担をともなうことというデメリットもあります。
しかし、上記のデメリットは、(1)自筆証書遺言保管制度の創設や(2)自筆証書遺言の方式緩和により、解消されてきている側面があります。具体的に、(2)については、遺言書を法務局で預かってもらえる制度です。保管申請する際に、保管官が遺言書の形式的なチェックをしてくれるので(遺言の内容まではチェックしてくれません)、方式上の誤りを防ぐことができます。また、遺言書の原本及び画像データを長期間保管してもらえるので(原本は遺言者死亡後50年間、画像データは150年間)、紛失や改ざん等のおそれがなくなります。なお、手数料は3,900円です。
(2)については、遺言書に記載する相続財産の目録を添付するときは、その目録については自書しなくてもよいことになりました。ただし、自書によらない財産目録を添付する場合には、その財産目録の各ページには署名押印をしなければならないこととされています。このことによって、手書きの部分を大幅に減らすことができるので、遺言者の負担を軽くすることができます。このように自筆証書遺言は最近では利用しやすい方式となっているので、試しに遺言書を作ってみようという経営者の方は、まず自筆証書遺言を作成してみるのが良いかもしれません。
2-2 公正証書遺言
公正証書遺言は、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人がその趣旨をまとめて法律に定められた方式に従って作成されます。公証人が遺言を作成するので、方式の不備で遺言が無効となることがなく、原本は公証役場に保管されますので、紛失や改ざんのおそれがありません。また、検認の必要がありませんので、遺言者がお亡くなりになった後、速やかに遺言の内容を実現することができ、相続人等の負担が軽減されます。紛争予防を期待できる最も確実な遺言方式と言えるでしょう。
もっとも、公正証書遺言を作成するためには戸籍謄本・不動産登記情報・固定資産評価証明書等の資料を収集しなければならず、また財産額に応じた手数料を公証人に支払わなければならないという負担が生じます。さらに、遺言を作成する際に証人を2人以上立ち会わせなければならないという制約があります。
紛争予防を確実に期待できる反面、費用面での負担が大きくなってしまうのが公正証書遺言の特徴です。お子様がいない方や離婚を経験されている方など、相続トラブルが生じる可能性のある経営者の方は公正証書遺言を作成すると良いでしょう。
3. 遺言執行者
遺言執行者とは、遺言内容を実現させる手続きを行う人です。
「遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」(民法1012条1項)ので、遺言を執行する上で幅広い権限を持ち、手続きを円滑に行うためにとても重要な役割を果たします。
たとえば、相続に伴う被相続人の預金・証券口座の解約、不動産の移転登記、自動車の名義変更等の手続きにおいて、遺言執行者が選任されていなければ、各手続きに相続人全員の署名押印や立会い等が必要となり、相続を完了させるのに多大な時間と労力を要します。遺言執行者を指定しておけば、遺言の執行を全て任せられるので、相続手続きが円滑に進みます。
では、誰に遺言執行者を任せればよいのか。
遺言執行者は、未成年者と破産者以外誰でもなることができますので、相続人を遺言執行者として選任することもできます。しかし、相続人が遺言執行者を行うとその相続人が自己に有利な手続きをしたり、他の相続人から疑惑の目を向けられたりするなど、無用なトラブルを生じさせるおそれがあります。したがって、弁護士・司法書士・行政書士等の専門家を遺言執行者とすることが望ましいです。
4. 遺留分
兄弟姉妹以外の相続人には、被相続人の財産の一定割合についての相続権が保障されています。これを、遺留分といいます。
遺言によっては、法定相続分とは異なる割合で相続財産を分配したり、相続人以外の第三者に遺贈するという場合がありますが、相続人には法律上遺留分が認められていますので、遺留分を侵害している者(遺贈を受けた者や贈与を受けた者)に対して、その遺留分に応じた金銭的な請求を行うことができます。
具体的には、被相続人の財産の額の2分の1(直系尊属のみが相続人である場合は3分の1)に自己の相続分の割合を乗じたものが請求できる金額となります。これを、遺留分侵害額請求といいます。
遺言を作成する際には、この遺留分に注意した内容にすればトラブルを未然に防ぐことができるでしょう。
以上、「遺言」について説明をしましたが、仮に遺言書を作成せずに、経営者の方が亡くなった場合、相続人全員によって遺産分割協議を行い、財産の分配を行わなくてはなりません。しかもこの協議は全員が合意しない限り終了しません。合意に至らない場合には家庭裁判所による遺産分割審判の手続きへと移行します。時間もかかりますし、誰が正式な会社の後継者なのかもはっきりしない状況が続きます。このような状況が続くことは、会社の運営にも支障がでてきますし、取引先からの信用も失いかねません。
このような事態を招かないためにも、最低限「遺言」を残して事業承継を円滑に行うための準備をしておきましょう。