コスト算出のための基準を持とう
前回、標準直接原価計算の重要性について説明させていただきました。
今回は、標準原価のための基準の設定について、考えていきたいと思います。
まず、基準は、誰が設定すべきものかから考えみます。
そのためには、原価を発生させている部門と原価を集計している部門を整理しておくことが必要です。
一般には、製品原価に占める割合の一番高いのは、製造原価であり、製品を作っている生産部門で発生しています。これに対して製造原価の算出は、経理部門で行なわれていることが多いようです。
このようなお話をするともうお分かりだと思うのですが、基準は、生産部門と経理部門で打合せて決めることです。そして、肝心なことは、生産現場の方たちがコストダウンのために役立つ項目であり、その基準値を決めることです。
ともすると経理部門が主体となっていることが多く、標準原価を算出するために必要な項目や数値も経理部門だけで決めてしまっている、あるいは実績原価から平均や適当な値を選択して設定いることがあります。
これでは、結果としての数値のみの比較になって、単なる報告のための原価になってしまい、コストダウンに役立つ情報にはなりません。生産現場と共有できる項目と基準値を持って進めるべきです。
具体的な項目としては、材料の単価や使用量、作業について設定される標準時間や標準の稼働率、余裕率など生産性に関する数値、そして単位時間あたりの加工費などがあります。
コストダウンの考え方は2つある
ここまで標準原価を設定することについて述べてきました。それは、コストダウンといっても2つの活動に分けて考えることができるからです。
1つは、標準の原価を定めて、その標準を制御・維持する「コストコントール(原価統制)」のことで狭義の原価管理活動です。これは、計画(Plan)-実施(Do)-チェック(Check)-アクション(Action)のステップを実践することです。
前項で述べた経理部門と生産部門で共有する項目について、生産部門の現場でアクションを起こせるしくみと情報の提供です。
具体的には、生産部門内の資材・購買課では、基準値として設定している材料の単価が、購入時に値上がりになるとすれば、何らかのアクションを検討します。
同様に製造現場では、品目について設定されている標準時間に対して、その時間を大きくオーバーすれば、その原因が何であるのかを確認し、改善を促すしくみです。
例えば、機械のメンテナンスが悪く、不具合が発生したことによって、余計な手間をかけなければならなかった。あるいは、作業の手順を間違えて、余分に時間がかかったなどの原因を見つけ出して、対策を打つことになるわけです。このように計画した原価を維持する活動が、コストコントロール(原価統制)です。
そしてもう1つは、標準の原価に対して、計画した標準となる品目のコスト値そのものを改定する活動です。
例えば、ここに標準原価が10,000円のプリンタがあるとします。これは、現在の作り方で設定された金額です。
ところが、一部の材料を金属から安い樹脂材料に変更できた、新しい加工方法、最新鋭の設備機械の導入など作り方を変えることによって、作業の時間を15分から10分に短縮できたなど従来よりも1,000円安く作れるようになった。
このように、投入する生産要素としての原材料、作業者、設備機械、方法を変えることによって、従来の標準原価の値を改定していくことです。標準そのものを引下げるか活動を狭義の「コストダウン」、または「コストリダクション(原価低減)」です。
一般には、後者のみをコストダウンと呼んでいますが、両方の活動を進めることが本来のコストダウンです。
コストベンチマークのための基準の作り方
標準原価のための基準の作り方についてさらに詳しく考えてみましょう。
前回の標準原価のところでは、「かくあるべき姿」をもとにすると述べました。この「かくあるべき姿」は、どのような考え方で描いていけばよいのでしょうか。
まずは、現在の自社のやり方をもとにムダやロスを最小限に抑えた効率の良い状態を考えることです。つまり、最適な作業方法を定める現場のIE手法を用いて基準の設定をすることです。
たとえば、社内の組立作業では、カバーの取付けをハンドドライバーでネジを締めているのであれば、ネジを締める順序や回数などムダやロスを取り除いた作業の姿を設定して「かくあるべき姿」と考えるということです。
これが、社内の標準原価設定のための基準になります。そして、基準からの逸脱をチェックし、原価を統制するために活用することが出来るわけです。
そしてもう一つ、取引先や協力会社が、同じ作業について、電気ドライバー使ってもっと効率的に進めているとしたらどうするでしょう。他社と同じ条件で、電気ドライバーを採用しようとするのではないでしょうか。
このように自社内のレベル、取引先や協力企業のレベル、競合他社のレベル、異業種のレベルと視野を広げると「かくあるべき姿」をどこに設定するべきなのかがポイントになってきます。
これらのレベルの中から最も優れた実践方法を見つけ出し、そのやり方を「かくあるべき姿」、つまりコスト基準に設定するのです。最も優れた方法と自社のやり方を比較することによって、改善すべきポイントを見つけ出すことが出来るからです。
このように自社のやり方と他社の最も優れたやり方を比較して、そのギャップを明らかにし、改善していく手法をベンチマーキングといいます。
そして、コストにおけるベンチマーキングでは、最も優れたやり方を「かくあるべき姿」にして、自社のやり方を比較する。その結果、どのような原因で差が生じるのかを分析し、改善することでコストを引下げることです。
これが、コスト基準の改定による原価低減(狭義のコストダウン)です。
コストベンチマークによるコストダウンを進め方
それでは、コストベンチマークによるコストダウン実践法について、その具体的なステップを紹介します。
Step1.組織的な体制作り
コストダウン活動は、ある特定の部門だけで進められるものではありません。それは、モノ作りおよび経営活動に関する深い知識が必要になるからです。
このため、経営活動とコストの関係を明らかにし、経済性を高めるための活動を推し進めることのできるスペシャリストを設けることが必要です。この役割を担うメンバーをコストエンジニアといいます。
コストエンジニアは、会社全体という広い視点から、経営活動を効率的に進めるためにコスト面からの計画-実施-評価-統制を支援するのです。まず、このような体制を作ることが必要です。
Step2.コスト基準の作成
コスト基準を作成するためには、まずコストを構成している要因について理解することです。そして、「かくあるべき姿」をもとにこれで作れるというコスト基準を設定することです。この「かくあるべき姿」は、2つの基準が必要になります。
一つは、業務の内容に関する技術レベルをどこに設定するのかということです。
製造業でいうところのモノ作りに関する技術のことで、製品を作りために使う設備機械の能力や作業方法、作業条件などの基準をどこに置くのかということです。
具体的には、現状と比較するための対象となる基準を社内に置くのか、取引先に置くのか、設備機械メーカーにおくのか、国内トップレベルに置くのかなどといったことになります。
そしてもう一つが、管理水準です。会社の管理レベルの高さをどこに置くのかということです。
標準時間だけで製品を作ることを考えることはできません。なぜならば、作業の遅れを発生させる要因としての手待ちや異常作業、追加作業の発生や作業者自身によって起こる能率の低下によるロスなどがあります。これらの遅れを発生させる要因をどのレベルまで管理できるかということです。
この2つの基準は、実績との比較基準であり、毎年改定を検討することが求められます。
Step3.標準原価の設定
コスト基準が設定されますと、設定したコスト基準をもとに製品ごとの標準原価を算出することになります。
標準原価の算出では、製品を作る前に図面と生産ロットなどから、生産工程の手順を決め、各工程でのコストを計算して、それらを合計する(積み上げる)ことです。
こ のために図面から、その形状を理解し、どのような生産工程が考えられるのかが分からないといけません。そして、もっとも経済的な加工方法を選択することのできることが求められます。
つまり、標準原価の算出では、使用する設備機械を選択や加工条件の設定ができることなどの能力も求められることになります。
私が現場にいたころは、多くの会社が、作業指導票を作成し、改善とともに資料の改定を行なっていましたが、近年大手企業だけでなく中堅企業などでも外製化が進んだこと、機械に依存する割合が高くなったことなどで資料をまとめなくなってきているようです。
ここにコストダウンの重要なポイントのひとつがあります。
Step4.実際原価の把握
ステップ4では、現状の実際原価を把握することになります。
このときに注意すべきことは、単に合計金額だけを捉まえるではなく、その明細を明らかにすることです。そうしないと価格だけをみて、「高い。安い。」の比較だけになってしまうからです。
したがって、実際原価の明細をしっかりと把握できる仕組みを作っておくことも大切になります。
たとえば、調達部門の場合には、まず見積書のフォームをコスト明細が記入できるように変更し、取引先にその見積書のフォームを使ってもらうことです。
Step5.重点課題の設定(改善テーマ)
ここでは、Step3で算出した標準原価の明細とStep4の実際原価の明細を比較します。
この比較は、「あるべき姿では本来この時間であり、金額である。」はずなのに「現実にはそのようになっていない。」という差の大きい項目を見つけることです。その差額が損失ということになります。
そして、その差額の要因は、一体何であるのかを分析し、確認・整理することになります。
実際原価の明細が無いと、いったいどのような点で違いが発生いているか見えないことになります。だからこそ、原価の明細の必要性を掲げているわけです。
差額の要因は、整理すると、製品の作り方の違い(工順設計の違い)、加工時間の違い、段取り時間の違い、加工費率の違い、材料費の違いなどが、明らかになってきます。
Step6.アイデア・改善案の立案
差額の原因が明らかになると、すぐに改善しようとなるものです。しかし、改善の努力に対して効果の大きいものから効率よく進めることを考えるべきです。
また、コストダウン効果は大きくても、その成果が出てくるまでに時間がかかることもあります。したがって、重点課題を決めて順序よく進めることが、多くの労力を投入したのにあまり効果が無いということを防ぐことになります。
そのうえで選定した重点課題(改善テーマ)について、改善のための具体化を進めます。改善のアイデアの抽出および改善案の立案を行うのがこのステップです。
改善策を立案は、数値の比較によって、課題をつかまえて、改善案を作成します。このほかにチェックリストや原理原則などを活用して、改善案を抽出するなどの方法も考えられます。
そして、作成された改善案は、実行可能であるのかという実現性と実行するために必要になる費用という経済性の面から検討することになります。
Step7.改善計画書の作成と実行
改善案を実行可能性や経済性の面などから評価した結果をもとに改善計画書が、まとめられます。改善計画書は、上司の承認を得て、実行へと移すことになります。
そして、改善計画を実行に移すときには、他部門との協力を図りながら進めることも考え、事前に関係各部門を集めての説明会を実施して、協力体制を作っておくことが大切です。
Step8.改善活動の評価
最後に改善活動を進めた結果は、その評価をしておかなければなりません。
よく見かけるケースで経営幹部の方たちは、改善計画書の説明を聞き、実施を促すことはするのですが、その結果どれだけの成果が得られたのかについて、確認や評価をしないで終わってしまっていることが見受けられます。
コストダウン活動のために多くの人材と労力を投入しているわけですから、その結果についてしっかりと確認しておくことが大切です。
とくに、期待した成果に対して、あまり成果の上げられないこともあります。
この場合には、なぜ成果をあげられなかったのか、その原因を調査しておくことも必要です。社内の 協力体制ができなかったり、会社として課題などが見えたりするものです。
これらの課題は、次回のコストダウン活動の参考に役立てていくことになります。
コストダウン活動は、このようなステップで進められることになります。
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