「彼は前職でトップセールスでした」
そう紹介されて入社した中途社員がいる。
経験も実績も申し分ない。本人も意欲的で、周囲の期待も高かった。
即戦力として、会社の起爆剤になってくれるはずだった。
しかし半年後――
目立った成果にはつながっていない。鳴り物入りで入社したはずなのに・・・・。
中小企業の経営者から、こうした悩みを聞くことは少なくありません。
能力も経験も十分。やる気もある。
それでも成果が出ない。
もし原因が「スキル」や「制度」ではなかったとしたら、どうでしょうか。
近年、経営学と組織心理学の分野で注目されている概念に 心理的資本(Psychological Capital) があります。
これは、積極的な行動や自律的な目標達成を促すポジティブな心理的エネルギーを指す考え方です
提唱したのは、ネブラスカ大学のフレッド・ルーサンス教授。
人的資本(知識・スキル)や社会関係資本(信頼関係・ネットワーク)に続く、「第3の資本」と位置づけられています
つまり企業の成果は、
「何を知っているか(能力)」
「誰とつながっているか(関係)」
だけでなく、
「どんな心の状態で仕事に向き合っているか」
にも左右される、という視点です。
心理的資本は、4つの要素から構成されます。
・Hope(目標に向かう意志力)
・Efficacy(自分ならできるという自己効力感)
・Resilience(逆境から立ち直る回復力)
・Optimism(前向きに捉える楽観性)
頭文字を取って「HERO」と呼ばれます
興味深いのは、これらが単なる精神論や性格論ではない点です。
心理的資本は尺度化され、質問票によって数値として測定でき、さらに業績との関連も統計的に検証されています。
ルーサンス教授らの複数企業を対象にした研究では、心理的資本が高い従業員ほど、生産性や業績評価、仕事満足度が高く、離職率やストレスが低い傾向が確認されました。
加えて、短時間のトレーニングや関わり方の変化によって数値が改善し、その結果パフォーマンスも向上することが示されています。
効果量も比較的大きく、「投資対効果の高い人的資源」として位置づけられている点は、経営にとって見逃せないポイントです。
つまりこれは、生まれつきの資質ではなく、環境やマネジメントによって増減する「経営可能な資源」だということです。
ここから見えてくるのは、少し怖い事実です。
どれだけ優秀な人材を採用しても、どれだけ制度を整えても、
心理的資本が低い状態では、人は動かない。
能力があっても挑戦しない。
失敗を恐れて踏み出せない。
逆境で折れてしまう。
結果として、持っている力の半分も発揮されない。
それでは、組織としての総合力は高まりません。
これまで私たちは、人材を「能力」や「経験」という“目に見える資源”として管理してきました。
また、モチベーション向上策として評価制度やインセンティブを工夫してきました。
しかし本当に成果を分けているのは、もしかすると 「心の状態」という見えない資源 なのかもしれません。
さらに、終身雇用が前提ではなくなり、個人が自律的にキャリアを築く時代においては、この視点は一層重要になります。
環境が変化しても、自ら目標を描き、挑戦し、立ち直り、前を向き続ける力。
心理的資本は、個人のキャリア自律と組織の持続的成長の両方を支える土台とも言えるでしょう。
採用や制度、教育投資を議論することも重要ですが、「心理的資本」というレンズで自社を見つめ直してみること。
それが、これからの中小企業経営を考える新たな出発点になるのではないでしょうか。
(文責:K.K)
