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第80回 リサイクル事業者の経営革新事例

リサイクル事業を行うA社は,北海道北部で1974年に古物商からスタートし,1990年に法人化,創業から50年を迎える。現在は,産業廃棄物処理業を主業とし,その他創業時からのスクラップ事業および解体事業を行う。道北地域に本社と事業拠点としてリサイクルセンターを置く従業員24名,売上高5億円のリサイクル事業者経営革新への取組事例を紹介する。

1.A社の事業概要

A社は,2001年に処分業許可を得てリサイクル事業に進出し,中間処理場のリサイクルセンターを新設,大型破砕機導入など積極投資も行い中核事業に成長した。自社解体事業で発生する建築廃材や同業者の持込廃材,収集運搬事業で取り扱う建設系および事業系廃棄物の中間処理を行い,リサイクル品と最終処分品に選別し,それぞれ販売先や最終処分場に自社便で搬送している。A社直近の収益状況は,図表-6の通り売上高530百万円に対して営業利益17百万円であり,営業利益率3.2%は,経産省ローカルベンチマーク業種別基準値の4.0%と比較して低い水準となる。同リサイクル事業はCO2排出削減や資源獲得を目指した循環型社会への要請も受け需要拡大に向けた重要事業として位置づけており,当事業を主軸に収益率UPを目指して経営改善に取り組んでいる。

2.A社の現状分析

(1) 強み

A社は創業から50年続く老舗企業である。先代の創業者から長兄が事業を継承したが、実直な仕事ぶりでトラブルも少なくお客様からの信頼も厚い。また,長年の事業歴を通して,建築解体現場から出る産業廃棄物の分別,処理に関するノウハウの蓄積がある。道内でも一貫処理する事業者は少なく,処分価格および効率性が強みとなる。

(2) 弱み

解体事業および収集運搬事業は,新規参入も含め同業者が多いため価格競争が発生し,取引価格の低迷で利益率を圧迫している。リサイクル事業では,持込廃材の全量を分別処理したいが,処理設備と人手が十分におらず,外部に処理委託している。

(3) 機会

国や北海道は,脱炭素社会への移行に向け,持続可能な形で資源利用する「循環経済」への移行を目指し,サーキュラーエコノミー政策を推進している。政策推進のための各種支援や排出事業者の意識変化により,リサイクル品への需要増が期待できることからA社リサイクル事業の拡大チャンスとなる。道内最終処分場のひっ迫は脅威となるが,中間処理場への持込ニーズが拡大することから対処方法によっては事業チャンスとなり得る。

[4] 脅威

道内の最終処分場の受入が限界にきているため,受入制限や処分費用が高騰し,収益へのマイナス影響が拡大している。A社では通年で人材募集をするが3K職と回避される傾向が強く,人材確保に苦慮している。少子高齢化による就業者不足と合わせて,この傾向は強くなる一方であり事業維持にも困難をきたす大きな脅威となる。

3.A社の課題と改善の方向性

SWOT分析から導くA社の経営課題は,収益性の高い事業分野への構造転換である。そのためには,中核事業に成長したリサイクル事業の更なる強化が目指す方向となる。解体現場からの排出物は,収集運搬・積替・保管を経て中間処理施設で選別されリサイクル工場と最終処分場に搬出される。A社も受入れ量の拡大に従い,リサイクルセンターでの処理効率化が求められるが一番のボトムネックが選別工程にある。現在,持ち込まれた混合廃棄物は手選別工程を経てリサイクル品,最終処分品に振り分けられるが,選別精度が荒く結果として最終処分品が膨らみ収益に悪影響を与えている。最終処分品は,最寄りの最終処分場自体が枯渇していることから遠く道央地区まで輸送しており,最終処分埋立費用の高騰に合わせて輸送費用も燃料高により収益を更に圧迫している。また,処理量の増加に合わせて従事者の高負荷が顕著になっており,働き手不足も加わり経営上のリスクと捉えている。持続可能な循環経済への移行推進と資源価格の高騰により,リサイクル品への需要が増している。リサイクルラインを高度化することで最終処分品の削減,需要拡大への対応と作業員の負荷軽減に取組む計画である。

4.具体的な対策と実施項目

 (1)  リサイクルラインの高度化

A社リサイクルセンターでの建設混合廃棄物の選別工程効率化に取り組む。現在,受け入れた建設系廃棄物は,破砕機を使った荒破砕工程を経て人手による選別を行い,リサイクル品と最終処分品に分類され搬出される。最終処分品は,道北地区最終処分場が枯渇していることから,遠方の道央地区の最終処分場まで300Km超を自社トラック便で往復することになっている。選別精度を上げることで最終処分場持込量を減らすことができ,最終処分費用および輸送費用の削減,作業者の負担軽減につなげる。持込量の最も多い建設系混合廃棄物の処理工程を以下に記載する。

リサイクルライン処理の流れ

1) 破砕工程     :    持ち込まれた建設系廃材の重量物を荒破砕する。

2) 篩(ふるい)分け工程     :  荒破砕された産廃品から残土など小さなゴミ類を取り除く。

3) 軽量選別工程     :  体積の大きい軽量物(例:紙くず,廃プラ,繊維くずなど)を除去する。

4) 手選別工程 :  前工程を経て搬送ベルトコンベアで人手による選別を行う。

従来は,コンクリート土間に中腰姿勢で作業を行っていたが,立ち姿勢に変えて作業条件にあったコンベア調整で作業効率UPと身体負荷を軽減する。

 (2)  優良認定取得とコンプライアンス遵守

環境問題への社会的要請が高まる中,A社は処理業者として北海道優良産廃処理業者の認定取得を目指している。同制度の認定を受けるためには,遵法性,事業の透明性,環境配慮の取組,電子マニフェスト,財務体質の健全性,の5つの基準に適合することが必要となる。その一つである環境配慮の取組みとして,エコアクション21の認証登録を進めている。また,収集運搬事業では,排ガス規制基準に適合した車両への計画的な更新と法定速度の遵守,アイドリングストップなど担当社員への教育と継続的な啓蒙活動を実施する。廃棄物処理法が厳格化されており,とくに「欠格事項」の規定は厳しく,許可が取り消しになると廃業もあり得る大きなリスクとなる。外部機関の支援も得ながらコンプライアンス教育の徹底と従業員の働きがい醸成にも取り組む。

 (3)  IT利活用

A社はIT化の取組みが比較的遅れていたが,電子マニフェスト制度などIT化への対応を進める。現在,表計算ソフトで管理している配車運行をクラウドサービスで提供される車両運行管理システムに切り替える。産廃の配車要件が複雑なため,ベテラン運行管理者の依存度が高く,システム導入は管理者の負荷軽減と属人化を防ぐ狙いがある。また,同システムを契機にデータ活用と社内業務見直しを通じて従業者の負荷減と効率化につなげていく。

 (4) 業者間連携

A社は,産業廃棄物の処分とリサイクルとを行うため,労働力とリサイクル技術が重要な経営資源となる。顧客から廃棄物処理の依頼を受けたとき,自社で対応できるものと限らないため,業者間のネットワークづくりを進め最終処分量を減らす。地域の同業者からの中間処理受入や顧客である住宅メーカーからのニーズにも応えられるよう取り組む。

5.経営革新で目指す利益計画

A社直近決算では,リサイクル品相場の高騰で売上が伸長し収益も伸びたが,1年目以降は平年並みに落ち着くとみており,リサイクルライン高度化による設備投資と生産性向上による収益改善を折り込み改善後の計画値とした。現在の廃棄物受入量は約1,000t/年であるが,投資効果から受入量を増やし3年目は,1,200t/年を見込む。設備投資による減価償却費増と従業員給与伸び率の年3.0%を折り込み販売管理費に計上をしている。収益効果では,廃棄物処理の受入量増による処分売上増に加え,最終処分場への運送費および最終処分委託費の費用削減よる収益改善を見込み3年目の営業利益を50,000千円,営業利益率8%超を目標とする。

A社は,環境を守る社会的使命と排出者が処理責任を全うするための重要な社会インフラを担っており、事業を通して循環型社会構築にも貢献していく。

第79回 経営者と遺言

会社を立ち上げ、その会社を苦労して成長させてきた経営者の皆さん

あなたが亡くなった後、その会社はどうなって欲しいですか。自分で作った会社だから、自分の代で終わらせてしまおうと考える方もいるでしょう。いやいや、苦労して作った会社なのだからもっともっと成長して欲しい、大きく成長しなくとも自分が生きた証として継続はして欲しいなど、経営者として会社の存続を考える人は多くいると思います。

では、会社を後継者にスムーズに引き継ぎ、存続させるためにはどんな準備をしておけばよいのでしょうか。今回のコラムでは、経営者である自分が亡くなった後、事業承継を比較的スムーズに行える手段となる「遺言」について説明します。

1. 遺言とは

遺言とは、遺言者(遺言を書く人)の財産を誰に残すか、という遺言者の最終意思表示のことを言います。これを書面化したものが遺言書です。一般的には、「ゆいごん」と読まれますが、法律用語としては「いごん」と読みます。遺言の効力は、遺言書に書かれること全てに及ぶのではなく、民法で規定されている「遺言事項」についてのみ、法的効果が生じます。

遺言事項としては、相続分の指定、特別受益分の控除、遺産分割方法の指定、推定相続人の廃除、こどもの認知、遺言執行者の指定、祖先の祭祀主宰者等が民法上規定されています。

他方で、遺言事項以外の事項については「付言事項」と言います。法的な強制力はありませんが、たとえば遺言者がなぜこのような遺言を書いたのかという心情を書くことによって、これを読んだ相続人等が遺言者の気持ちを理解し、争いを未然に防ぐというメリットがあります。

2. 遺言の種類

2-1 自筆証書遺言

自筆証書遺言とは、遺言者が遺言の全文、日付、氏名を手書きして、これに押印する方式で行われます。紙とペンさえあれば遺言書を作成できるので、費用もかからず、簡便な方法として多く利用されています。もっとも、法律知識がないと、内容が不明確であったり、方式上の誤りを侵しやすく、かえって紛争を生じさせる可能性が高くなってしまいます。また、保管方法によっては、紛失や改ざんのおそれがあること、手書きでの遺言書作成は高齢者や身体の不自由な方にとってはかなりの負担をともなうことというデメリットもあります。

しかし、上記のデメリットは、(1)自筆証書遺言保管制度の創設や(2)自筆証書遺言の方式緩和により、解消されてきている側面があります。具体的に、(2)については、遺言書を法務局で預かってもらえる制度です。保管申請する際に、保管官が遺言書の形式的なチェックをしてくれるので(遺言の内容まではチェックしてくれません)、方式上の誤りを防ぐことができます。また、遺言書の原本及び画像データを長期間保管してもらえるので(原本は遺言者死亡後50年間、画像データは150年間)、紛失や改ざん等のおそれがなくなります。なお、手数料は3,900円です。

(2)については、遺言書に記載する相続財産の目録を添付するときは、その目録については自書しなくてもよいことになりました。ただし、自書によらない財産目録を添付する場合には、その財産目録の各ページには署名押印をしなければならないこととされています。このことによって、手書きの部分を大幅に減らすことができるので、遺言者の負担を軽くすることができます。このように自筆証書遺言は最近では利用しやすい方式となっているので、試しに遺言書を作ってみようという経営者の方は、まず自筆証書遺言を作成してみるのが良いかもしれません。

2-2 公正証書遺言

公正証書遺言は、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人がその趣旨をまとめて法律に定められた方式に従って作成されます。公証人が遺言を作成するので、方式の不備で遺言が無効となることがなく、原本は公証役場に保管されますので、紛失や改ざんのおそれがありません。また、検認の必要がありませんので、遺言者がお亡くなりになった後、速やかに遺言の内容を実現することができ、相続人等の負担が軽減されます。紛争予防を期待できる最も確実な遺言方式と言えるでしょう。

もっとも、公正証書遺言を作成するためには戸籍謄本・不動産登記情報・固定資産評価証明書等の資料を収集しなければならず、また財産額に応じた手数料を公証人に支払わなければならないという負担が生じます。さらに、遺言を作成する際に証人を2人以上立ち会わせなければならないという制約があります。

紛争予防を確実に期待できる反面、費用面での負担が大きくなってしまうのが公正証書遺言の特徴です。お子様がいない方や離婚を経験されている方など、相続トラブルが生じる可能性のある経営者の方は公正証書遺言を作成すると良いでしょう。

3. 遺言執行者

遺言執行者とは、遺言内容を実現させる手続きを行う人です。

「遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」(民法1012条1項)ので、遺言を執行する上で幅広い権限を持ち、手続きを円滑に行うためにとても重要な役割を果たします。

たとえば、相続に伴う被相続人の預金・証券口座の解約、不動産の移転登記、自動車の名義変更等の手続きにおいて、遺言執行者が選任されていなければ、各手続きに相続人全員の署名押印や立会い等が必要となり、相続を完了させるのに多大な時間と労力を要します。遺言執行者を指定しておけば、遺言の執行を全て任せられるので、相続手続きが円滑に進みます。

では、誰に遺言執行者を任せればよいのか。

遺言執行者は、未成年者と破産者以外誰でもなることができますので、相続人を遺言執行者として選任することもできます。しかし、相続人が遺言執行者を行うとその相続人が自己に有利な手続きをしたり、他の相続人から疑惑の目を向けられたりするなど、無用なトラブルを生じさせるおそれがあります。したがって、弁護士・司法書士・行政書士等の専門家を遺言執行者とすることが望ましいです。

4. 遺留分

兄弟姉妹以外の相続人には、被相続人の財産の一定割合についての相続権が保障されています。これを、遺留分といいます。

遺言によっては、法定相続分とは異なる割合で相続財産を分配したり、相続人以外の第三者に遺贈するという場合がありますが、相続人には法律上遺留分が認められていますので、遺留分を侵害している者(遺贈を受けた者や贈与を受けた者)に対して、その遺留分に応じた金銭的な請求を行うことができます。

具体的には、被相続人の財産の額の2分の1(直系尊属のみが相続人である場合は3分の1)に自己の相続分の割合を乗じたものが請求できる金額となります。これを、遺留分侵害額請求といいます。

遺言を作成する際には、この遺留分に注意した内容にすればトラブルを未然に防ぐことができるでしょう。

以上、「遺言」について説明をしましたが、仮に遺言書を作成せずに、経営者の方が亡くなった場合、相続人全員によって遺産分割協議を行い、財産の分配を行わなくてはなりません。しかもこの協議は全員が合意しない限り終了しません。合意に至らない場合には家庭裁判所による遺産分割審判の手続きへと移行します。時間もかかりますし、誰が正式な会社の後継者なのかもはっきりしない状況が続きます。このような状況が続くことは、会社の運営にも支障がでてきますし、取引先からの信用も失いかねません。

このような事態を招かないためにも、最低限「遺言」を残して事業承継を円滑に行うための準備をしておきましょう。

第78回 日本型雇用システムの功罪分析をベースに構造的賃上げ実現への道筋と支援策を考える

日本では当たり前のように考えられている「年功序列」や「終身雇用」をベースとした日本型雇用システムですが、現在の経済環境の変化に合わず日本の経済成長を阻害する足かせになっているという専門家の意見もよく聞かれます。一方で、この日本独自の雇用システムは聖域のように考えられ、正面から改革に取組もうとする具体的なアクションは今も乏しいように感じられます。今回は聖域となりなかなか具体的な改革が進まない日本型雇用システムの功罪分析をベースに、今後目指すべき方向性について提案したいと思います。

1.日本型雇用システムの起源
日本型雇用システムは日本の伝統的なものではなく、戦中戦後に本格的に普及したものです。例えば、明治時代には少しでも条件が悪いと頻繁に職場を変え、終身雇用という発想は全くなかったそうです。ところが、昭和の大きな戦争が始まると国の軍需産業の増産要請で人手不足となり国が労働者の動員や配置、移動制限等を厳しく管理し始め、年一回の定期昇給や退職金の義務化等、厳格な労働者統制を実施したため、この制度が現在の日本型雇用システムに繋がっているようです。つまり戦時中の呪縛でもあるのです。

2.日本型雇用システムの特徴と実態
日本型雇用システムの特徴として、不況時でも解雇されない長期雇用保障による安定や企業による人的資源の安定した確保と教育等が言われてきましたが、その実態はどうでしょうか?終身雇用・年功序列制度の実態は、若年期の賃金一部強制出資+年功賃金・退職金による将来返還であり、生涯を通じた後払い賃金になっています。そして、この出資分を守ることが企業別労働組合の主な役割になっているとも言えます。また、低成長で雇用維持が難しくなると長期雇用慣行の見直しを避け、非正規社員の増加で対応するようになり、90年代以降非正規社員比率は40%近くまで上昇しました。正社員と非正規社員の身分格差が日本型雇用システムにおける長期雇用の隠れた本質であると言えます。

3.日本型雇用システムの過去の成功体験
1980年代までの日本では日本型雇用システムが大いに機能し、当時は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(エズラ・ヴォーゲル著/1979年)とも言われ、大いに注目されました。しかし、成功の背景はこの日本型システムに1980年代までの経済環境下では、極めて高い経済合理性・優位性があっただけで、普遍的に持続可能な優位性ではないと考えます。その後の日本経済の長期低迷、失われた30年の現実はその証左ではないでしょうか。

4.日本型雇用システムの改革の必要性
過去の成長時代には経済合理的で大きな役割を果たした日本型雇用システムですが、現在の低成長・女性活躍・高齢化社会での弊害が著しく、また、米ギャラップ社が定期的に行ってる「従業員エンゲージメント調査」においても、日本は他国に比べ圧倒的に低い結果となっています。もはや日本型雇用システム(終身雇用・年功序列制度)を守るか守らないかの選択を考えるのではなく、実態として持続可能ではないという前提で改革の必要性・社会のあり方を考えるべき段階にきているのではないでしょうか。日本政府においても労働市場改革の目玉として①リスキリング(学び直し)②職務給(ジョブ型人事)の導入③労働移動の円滑化による三位一体の労働市場改革を掲げてはいますが、具体的なアクションや労働法制の法令整備は遅く、改革に不可欠な雇用ルールの具体的な見直し等には至っていない状況です。

5.大企業における労務・人事改革の成功例
このような状況下で労務・人事改革に積極的に取組み、稼ぐ力を取り戻して再生した日本企業の例として日立製作所が挙げられます。バブル後の失われた30年を象徴する存在で、1990代はゆでガエル状態で変革が進まず、2001年~2010年の累計最終損益は1兆円以上の赤字を計上した日立製作所ですが、企業組織を「利益や付加価値を伸ばすための機能集団」と再定義し、ジョブ型雇用を進めることにより従業員の課題発見・創造性や自主性の醸成を促進し、事業戦略につながった企業組織への変革を実現しています。具体的には、①仕事の見える化(ジョブディスクリプションの導入)②人の見える化(統合人財プラットフォームの整備)③コミュニケーションの推進(上司と部下のミーティング等、コミュニケーションを重視)を実施し、持続的な生産性向上、賃上げ実現の源泉となる好循環雇用システムの構築を進めています。

6.中小企業こそ積極的に取組むべき「ジョブ型雇用」
日本で真の働き方改革を促進し日本再興を果たすためには労働者の約70%が働いている中小企業において変革を実現し、稼ぐ力向上と賃金アップを実現することが不可欠です。大企業に比べ従業員が少ないこと、中途入社(転職者)が多いことはジョブ型雇用の考え方を導入しやすく施策を進めやすい面も多分にあると考えます。日本においてジョブ型雇用は設計や運用が100%確立されている訳ではなく、大企業においても正解のない課題・未知への課題として取組んでいる状況です。しかし、正解のない課題解決こそ最大の付加価値があると考え、横並びで他社のまねをするのではなく、一足先に取組むことが未来の成功に繋がるのではないでしょうか。正解のない課題を最適なかたちに導くこと・導ける人材が最も付加価値が高く、最も優秀な人材であると評価されるような日本社会・労働市場になることが日本再生のカギの一つになると思います。昨今、中小企業の人手不足倒産が頻繁に報じられていますが、人手不足倒産の実態は「低収益・低賃金倒産」です。魅力的な賃金を提示できれば採用可能ですが、利益を出せず賃金アップを提示できないため人が集まらないのが実態です。今こそ独自の労務・人事改革に取組み、稼ぐ力の再構築に積極的に挑む時ではないでしょうか。

図表:賃金の硬直性打破が重要(柳川範之東大教授)に筆者加筆

 

第77回 AR(拡張現実)技術の産業利用について

昨今はよく目にする技術となってきているので、ご存知の方も多いかもしれませんが、ARは、Augmented Reality(オーグメンテッド・リアリティ)の略で、日本語では『拡張現実』と言います。このARは、人が知覚している現実の環境(物や空間)に対して、仮想の情報を重ね合わせる表示技術です。AR技術の産業利用について、技術動向と合わせて紹介します。

1. ARは幻滅期から啓発期へ
ガートナー・ジャパン発表の「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2022」
では、メタバースへの期待感が一気に高まる一方で、AR/VR(拡張/仮想現実)は、市場から著しく期待される時期を過ぎて幻滅期にあるとしています。デバイスの進化に後押しされたAR/VR技術も安定普及に向けて進む啓発期にあります。

図表-1 出所 ガートナー「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2022」

2.ARとMR/VRの違い
現実と仮想を組み合わせる表示技術として、AR以外にも、VR(バーチャル・リアリティ)やMR(ミクスド・リアリティ)といった物があります。この中でもVRは、コンシューマ向けのゲーム等の普及で体験したことがある方も多いかもしれませんが、VRは仮想世界に人間の知覚(視覚や聴覚)を没入する事で仮想(バーチャルの)世界を体感するもので、仮想世界がメインとなります。それに対し、ARは現実世界がメインで、現実の画像に仮想の情報を付加するというものになります。

3.AR技術の活用例
AR/VRの技術は、ゲームなどのエンターテインメント分野で特に普及が進んでいますが、技術としてはまだまだ多くの活用領域があります。
(1)作業支援・教育支援
現実の機器にアノテーションを重畳表示することで操作を行う位置やアクションを容易に把握することができる。また、危険箇所への注意喚起などにも利用可能です。
(2)3Dモデル配置
現実の風景にCGや3Dモデルを重畳表示することで、あたかも「そこにあるかのように」に感じられ、見た目やサイズ感、設置イメージを視覚的に把握することで配置検討ができる。
(3)透過モデル表示
現実の物体に3Dモデルを重畳表示することで、内部が透けているかのように見え、分解せずに故障個所を把握することや、内部構造の理解を深めるなど技術教育などに利用することができる。
(4)空間情報表示
現実の空間中に文字情報や矢印、画像などを表示することで、道順や看板、注意書きを仮想的に表示させ、目的地まで安全に誘導する経路案内などができる。

上に挙げているのは用途の一例ですが、AR表示する内容・重ねる対象物など、様々な業種・業務でこの技術を活用できます。その中でも、特に産業領域においては、ARなどのビジュアル化技術の活用度は高く、また効果も出やすい領域です。

4.ARマーカーについて
AR表示するためには基準となる箇所を認識する必要があるため、ARマーカーを使用します。
マーカーには情報を表示する仕組みから大きく3種類に分けられます。
■画像認識型
カメラで取得した画像を解析し、画像や映像にデジタル情報を付加する方式
■位置情報型
GPSや加速度センサーなどから取得した情報と紐づけて、ARを表示する仕組み
■空間認識型
カメラで取得した空間の情報を解析し、画像や映像にデジタル情報を付加する方式

画像認識型と位置情報型では、ゲームコンテンツや、地図アプリなどでの活用事例が増えていますので目に触れることも多いかと思います。空間認識型では、自立型ドローンなど精度の高い情報として利用する例が見られます。

5.AR技術への期待とギャップ
やっぱり、ARするならスマートグラスでしょ!
これはARを産業利用に取り入れようとする多くの方の意見です。付加された仮想情報を見るときに、スマートフォン、タブレットでは、どうしても両手が塞がり使いづらい。両手フリーのグラスがデバイスの第一選択肢となります。ネット上に登場するPR動画もスマートグラス装着のシーンが多く、イメージ先行の感が否めません。
実際に装着してみると、重いです、画面小さいです、電池が持ちません。など意外とネガティブなコメントが多く登場します。単眼式グラスでは、現物を見る目との視差で慣れるのに苦慮します。両眼式グラスでは、目の前に付加情報が表示されて、歩きながらの作業には向かない。人間の知覚によるところですので、個人差も大きいと見られます。こちらは、スマートグラスの今後の機能改善に期待したと思います。

出所:マイクロソフトHP https://www.microsoft.com/ja-jp/hololens/apps より

6.ARの産業利用例
産業利用例を一つ紹介します。
国土交通省の排水機場点検業務にヘッドマウント型のスマートグラスを装着し、設備点検業務にARが利用されています。ポンプ設備の点検を実施する際、排水機場の光景に付加情報(ホログラム)を重ね合わせて表示します。正確な点検箇所を把握し、点検結果を入力する。紙やタブレットを使うよりも安全に点検でき、施設情報を熟知していない作業者でも容易に点検できるなどのメリットもあります。

出所:クボタHP https://www.kubota.co.jp/news/2024/management-20240208.html より

第76回 自分と会社を守るということ

私は約3年前、業務委託契約を締結していた企業から、業務委託料の未払被害に遭ったことがあります。当時、個人事業主として開業して3年目に入ったところでした。今回は、経験しないと分かりにくい訴訟の実態について可能な範囲で明らかにし、考察してみたいと思います。

※なお、このコラムはあくまでも訴訟経験者である私個人の見解であり、法律の専門家としての見地には立っていないことを申し添えておきます。

1.事件の経緯

2020年末:予定されていた約300万円の支払いが履行されず、相手方とも連絡を取れない状態となりました。私は弁護士と対応方針について相談をし、まず「内容証明郵便」を送ることにしました。この時は、1) 業務委託契約の即時解除の連絡  2) 債務の即時弁済の督促  3) 債務の即時弁済が履行されない場合には法的措置を検討する、という内容を記したものでした。

この内容証明郵便は受領はされたものの、相手方からの反応はありませんでした。

2021年6月:事件発覚から半年が経過しました。この間、若干の支払いがありましたが、相変わらず連絡がつかない状態が続いていました。そこで、2度目の内容証明郵便を送付し話し合いの場を持ち対応方法について協議したい旨を通知しました。この通知書には、私の想いを記した手紙も添えました。徒に紛争を激化させることを望んでいるわけではなく穏便に解決策を見出したいこと、これまでの機会提供への感謝などを綴ったものでした。

2021年7月:その後、引き続き何の連絡もなく、弁護士からのメールへの反応も皆無でしたので、訴訟に踏み切りました。弁護士の提案により、訴訟を提起後、相手方に和解を提案しました。結果として、分割払いで債務を弁済する、という和解案を作成・合意して裁判は終了しました。

2022年1月以降:8月まで計画通り支払いがなされたものの、9月以降は履行されず約100万円の債務が未回収となったまま現在に至ります。この時点でも相手方と連絡がつかず、これ以降の回収を諦めました。

2.考察

(1) 債権回収戦略

1)  ADR(裁判外紛争解決手続き):相手方と話し合いができる状態ならば、ADRが有効です。非公開で弁護士が調停を行います。3か月程度と比較的短期で決着できるうえに、費用がかかりません。ただし、相手方を交渉のテーブルにつかせることができない場合はこの方法は採用できません。

2) 内容証明郵便の送付:相手方と連絡がつかない場合には、まず内容証明郵便を送付し相手方の反応を見ることを推奨します。内容証明郵便は、「このような内容の書面をいつ、誰が誰に送りました」ということを証明するもので、内容証明郵便そのものには法的な効力はありません。しかし、法的措置が示唆され、かつ弁護士の名前で通達がなされるわけですから、一般的には、受け取った方は少なからず衝撃を受けると思います。驚いて支払う可能性があります。この内容証明郵便にも無反応だった場合には、いよいよ法的措置をとるかどうかの選択となります。法的措置をとるかどうかは当然、状況に応じて判断が分かれますが、コスト面は一つの基準になります(後述)。

3) 訴訟提起~和解:私の場合は、相手が自身の債務不履行を認めており、敗訴の可能性はほぼゼロに近かったのですが、勝訴した場合債務は一括弁済が基本となり、相手方が支払えなければそれで終わりです。実現可能な支払計画(分割払)を相手方と相談して、現実的な和解案を作成するほうが債権回収の可能性が高まるため、和解案を選択しました。

結果的には全額回収できませんでしたが、分割払にしたおかげで一部回収できたと感じます。

(2) コスト

債権が回収できない事態に至った場合、対応方法を検討する際に重要となるのがコスト面です。

1)  訴訟にかかる費用:訴訟を提起する場合は原告側が裁判費用を負担します。和解合意した時点で交渉

成功とみなし、成功報酬が発生します。原告の立場からすると、債権回収が実現するか不明な中、弁護士には成功報酬を支払わねばなりません。私の場合は弁護士費用(内容証明郵便、裁判に要した着手金+成功報酬)は約100万円でした。最終的に回収できた債権は約200万円、100万円は未回収です。

2) 強制執行:和解合意した場合(裁判に勝訴した場合も)で不履行が生じた際に、「強制執行」という

手続きを行う権利が得られます。ただ、この強制執行を行うためにも多額の費用がかかります。裁判所に担保金の供出を行い、加えて別途弁護士費用もかかります。また、差し押さえる財産がない場合(もしくは事前に察知されて財産を引き上げられた場合)には「差し押さえ失敗」となり担保金が1円も戻ってこない可能性があります。

このように、権利はあってもコスト的に行使するハードルが高く、現実には泣き寝入りせざるを得ないことがほとんどではないかと感じます。

3.総括
一般的には、「裁判に勝てばお金は取り戻せる」と思われているのではないでしょうか。私もそう信じていました。相互に合意している報酬を支払っていないのだから「自分は絶対的に正しく、相手が絶対的に間違っている」と思っていました。しかし、裁判で和解案に合意したとて、相手が支払わなければそれで終わりです。また、強制執行しても、財産がなければそれで終わりなのです。また、訴訟を提起するためにかかる膨大な労力とそれに伴う精神的負荷はかなりのものです。

こういったことを起こさないようにするために、また、被害を最小限にする対策として、弁護士保険や共済への加入、支払いサイトの短縮化、取引先の与信チェック等のリスクヘッジをしておくことが重要になります。そして、取引先との日常的なコミュニケーションの中で信頼関係を構築しておくことが何よりも大切だと感じます。

何か不具合が生じても、率直に話し合える関係を構築していきたいものです。

事業部紹介

ものづくり事業部では単に製造業に限らず第一次産業でも第三次産業でも、人々の生活を豊かにする「ものづくり」機能全般にわたって企業支援をいたします。
「ものづくり」は単に、物財の製造だけを指しているのではありません。私たちは、人々の生活を豊かにし、企業に付加価値をもたらす財貨を産み出す総ての行為こそ「ものづくり」だと捉えているのです。
ものづくりの原点にかえって、それぞれの企業に適した打開策をご相談しながら発見していくご支援には、いささかの自信があります。

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