ものづくり事業部

第82回 中小企業のための戦略的販路開拓ガイド:展示会を「最強の武器」に変える手法

1.中小企業が直面する販路開拓の壁

現代の中小企業において、時代を問わず最大の経営課題となっているのが「売上・受注の確保」です 。多くの企業が新規顧客の開拓に奔走していますが、そこには共通の「落とし穴」が存在します 。

                  図表1:中小企業の抱える課題の推移

例えば、個人のマンパワーに頼った営業活動は、特定の営業マンへの依存を招き、成果が出るまでに時間がかかるため非効率です 。また、BtoBビジネスにおいてSNS集客を試みても、ターゲット企業に届きにくいという現実があります 。HPからの問い合わせを待つ手法も、SEOの専門知識がなければ埋もれてしまい、テレアポ業者への外注も「アポの件数」だけが指標となりがちで、商談の質(相手の温度感)が伴わないケースが散見されます 。

中小企業が求めるべきは、「少ない予算で実行でき、効率的かつ短期間で売上やキャッシュに直結する手法」です 。その鍵となるのが、決裁者に「ぜひ詳しく話を聞きたい」と思わせる仕掛け作りであり、その場として最も適しているのが「展示会」なのです 。

2.なぜ「展示会」が最強の販路開拓術なのか

展示会に対して「コストが高い」「商談に繋がりにくい」というネガティブなイメージを持つ方も少なくありません 。しかし、戦略的に活用すれば、これほど効率的な手法はありません。その理由は主に3つあります。

  • 目的意識の高い見込み客の集結: 来場者は貴重な時間と交通費をかけて会場へ足を運びます。それは「何か解決したい課題がある」という明確な関心の現れであり、極めて質の高い見込み客といえます 。
  • 「コバンザメ手法」による効率的な集客: 自社でゼロから集客する必要はありません。主催者や大手出展社が多額の予算を投じて集めた来場者に対し、自社の存在をアピールすればよいのです 。
  • 心理的ハードルの低下: 未知の企業からの突然のアプローチは警戒されますが、展示会という「出会いの場」ではそのハードルが劇的に下がり、スムーズなコミュニケーションが可能になります 。

実際に、国内の展示会開催数は年々増加傾向にあり、特にIT系展示会の活況は、対面での接点と実機・ソリューションの提示がいかに有効であるかを証明しています 。

3.コストを抑えるための補助金活用

出展費用やブース装飾費で100万円単位のコストがかかることもありますが、公的な支援制度を活用することで負担を大幅に軽減できます 。例えば以下のような補助金です。

  • 令和7年度 展示会出展助成プラス(東京都): 最大150万円(助成率2/3) 。
  • 小規模事業者持続化補助金(国): 通常枠50万円(最大250万円)、補助率2/3 。
  • 各自治体の補助金: 例えば江東区では出展料として20万円(補助率2/3)

これらを賢く利用することで、中小企業でもリスクを抑えて挑戦することが可能です 。

4.競合を避ける「戦略的出展先」の選び方

展示会で成果を出すためには、出展する場所の選定が最も重要です。多くの企業は、自社の業界の展示会を選びがちですが、それは競合がひしめく「レッドオーシャン」への参入を意味します 。

例えば、高品質なパッケージを製造する企業の場合、同業が集まる「包装・物流展」に出展しても、価格やスペックの競争に巻き込まれます 。しかし、あえて「高級スイーツ・ギフト見本市展」に出展すればどうでしょうか 。スイーツ企業ばかりの中で唯一のパッケージ会社として異彩を放ち、オンリーワンの存在として注目を集めることが可能になります 。

この戦略を支えるのが「機能的ドメイン」の考え方です 。自社を顧客に提供する価値で再定義することで、出展すべき最適なフィールドが見えてきます 。

5.成功をたぐり寄せる「逆算の目標設定」と運営

展示会を成功させるには、準備からフォローまでの一貫したプロセスが不可欠です 。

まず、最終的な「受注数」から逆算して、必要な「案件数」「アポ数」「名刺獲得枚数」を数値化します 。例えば、3社の受注を得るためには、15件の案件化、50社のアポ、300枚の名刺獲得が必要、といった具体的なKGI/KPIを設定します 。 また来場者は自分に役立つかどうかを即時に判断します。

そのため、差別化されたブースのキャッチコピー、わかりやすい動画、興味を惹く配布物の準備が重要です 。そして最も重要なのが「事後のフォロー」です。展示会後の連絡は、単なる売り込みではなく「相手に役立つ情報を提供する」というスタンスで行います 。

無料セミナーへの誘導など、相手のメリットを提示することで、確実な商談へと繋げていくことができます 。出展前、出展中、出展後でそれぞれ必要なタスクがあり、それらを確実にクリアしていくことが展示会での販路開拓の鍵となります。

               図表2:展示会出展時の各タスクまとめ(著者作成)

まとめ

展示会は単なるイベントではありません。自社の提供価値を再定義し、適切なフィールドを選び、数値に基づいた運用を行うことで、中小企業の未来を切り拓く強力な「販路開拓システム」へと進化します 。補助金という追い風も活用しながら、戦略的な一歩を踏み出すことが推奨されます。

第81回 データビジュアライゼーションの活用について

近年、企業活動のあらゆる場面において「データ活用」という言葉が定着しつつあります。売上や利益といった財務データに限らず、業務プロセス、顧客行動、アンケート結果など、企業の内外には多種多様なデータが蓄積されています。しかしその一方で、「データは集めているが、十分に活用できていない」「データ分析した報告資料は作っているが、意思決定に結びついていない」といった課題も多く聞かれます。背景には、データの量や複雑さが増す中で、人が理解し、判断するための整理が追いついていないという現実があります。こうした課題に対し、有効なアプローチとしてデータビジュアライゼーションがあります。ここでは、データビジュアライゼーションの基本的な考え方と、人の知覚特性を踏まえた実務活用のポイントについて紹介します。

1.データビジュアライゼーションとは何か

データビジュアライゼーションとは、文字や数値で表現されたデータを、グラフや図表といった視覚的な形式に変換することを指します。単に「見た目を良くする」ことが目的ではなく、データを介したコミュニケーションを円滑にするための手段である点がポイントです。業務におけるデータ活用では、以下のビジュアル分析サイクルのTaskから始まり、そのTaskを忘れることなく各工程を素早く行き来することが重要です。そのためにデータビジュアライゼーションが必要となってきます。

               ビジュアル分析サイクル 出典Salesforce, Inc

2.なぜ可視化すると理解が進むのか

数値が並んだ表を前にして、短時間で特徴や傾向を把握することは容易ではありません。特に、項目数や期間が増えるほど、人はどこに注目すべきかを見失いがちになります。一方で、同じ情報でもグラフ・チャートとして表現されると、違いや傾向を直感的に捉えられるようになります。(下図参照)

                 クロス集計表とブレットチャートの違い

この違いは、人間の脳が持つ情報処理特性によるものです。人は、文字や数字といった記号情報よりも、視覚情報を圧倒的に速く処理できるとされています。また、色や位置、サイズといった要素は、意識的に注意を向けなくても自然に認識されます。これらは「Pre-attentive Attributes(前注意的属性)」と呼ばれ、データビジュアライゼーションの基礎となる考え方です。適切に可視化されたデータは、「考える前に気づく」状態を生み出し、分析や議論のスタートラインを大きく前進させます。

                   Preattentive Attributes

3.実務で意識したいデータビジュアライゼーションの活用ポイント

1)色は意味を持たせて使う

色は非常に強い視覚情報です。そのため、すべての要素に色を使うと、かえって注目点が分からなくなりま す。強調したい箇所や比較したい対象など、目的を持って限定的に使用することが重要です。

2)使用する色数は最小限に抑える

基本はベースとなる色とアクセントカラーの組み合わせとし、多色使いは避けます。情報量を増やすことよりも、「何を伝えたいのか」を明確にすることが優先されます。

3)不要な装飾は排除する

枠線、影、背景装飾などは、情報理解の妨げになる場合があります。可視化の目的に直接関係しない要素は、ノイズとして取り除くことが望まれます。シンプルイズベストです。

4)3D表現は慎重に扱う

3Dグラフは視覚的なインパクトはありますが、正確な比較や数量把握には不向きです。実務においては、2D表現の方が適切なケースが大半です。

4.データビジュアライゼーション利用における効果と期待

データビジュアライゼーションを業務に取り入れることで、次のような効果が期待されます。

  • データ理解に要する時間の短縮
  • 説明や報告にかかる工数の削減
  • 会議や打合せにおける本質的な議論の増加
  • 意思決定のスピードと質の向上

特に、提案書や報告資料、経営会議向け資料などにおいては、「説明しなくても意図が伝わる」状態を作ることが、合意形成や迅速な意思決定につながります。

第80回 リサイクル事業者の経営革新事例

リサイクル事業を行うA社は,北海道北部で1974年に古物商からスタートし,1990年に法人化,創業から50年を迎える。現在は,産業廃棄物処理業を主業とし,その他創業時からのスクラップ事業および解体事業を行う。道北地域に本社と事業拠点としてリサイクルセンターを置く従業員24名,売上高5億円のリサイクル事業者経営革新への取組事例を紹介する。

1.A社の事業概要

A社は,2001年に処分業許可を得てリサイクル事業に進出し,中間処理場のリサイクルセンターを新設,大型破砕機導入など積極投資も行い中核事業に成長した。自社解体事業で発生する建築廃材や同業者の持込廃材,収集運搬事業で取り扱う建設系および事業系廃棄物の中間処理を行い,リサイクル品と最終処分品に選別し,それぞれ販売先や最終処分場に自社便で搬送している。A社直近の収益状況は,図表-6の通り売上高530百万円に対して営業利益17百万円であり,営業利益率3.2%は,経産省ローカルベンチマーク業種別基準値の4.0%と比較して低い水準となる。同リサイクル事業はCO2排出削減や資源獲得を目指した循環型社会への要請も受け需要拡大に向けた重要事業として位置づけており,当事業を主軸に収益率UPを目指して経営改善に取り組んでいる。

2.A社の現状分析

(1) 強み

A社は創業から50年続く老舗企業である。先代の創業者から長兄が事業を継承したが、実直な仕事ぶりでトラブルも少なくお客様からの信頼も厚い。また,長年の事業歴を通して,建築解体現場から出る産業廃棄物の分別,処理に関するノウハウの蓄積がある。道内でも一貫処理する事業者は少なく,処分価格および効率性が強みとなる。

(2) 弱み

解体事業および収集運搬事業は,新規参入も含め同業者が多いため価格競争が発生し,取引価格の低迷で利益率を圧迫している。リサイクル事業では,持込廃材の全量を分別処理したいが,処理設備と人手が十分におらず,外部に処理委託している。

(3) 機会

国や北海道は,脱炭素社会への移行に向け,持続可能な形で資源利用する「循環経済」への移行を目指し,サーキュラーエコノミー政策を推進している。政策推進のための各種支援や排出事業者の意識変化により,リサイクル品への需要増が期待できることからA社リサイクル事業の拡大チャンスとなる。道内最終処分場のひっ迫は脅威となるが,中間処理場への持込ニーズが拡大することから対処方法によっては事業チャンスとなり得る。

[4] 脅威

道内の最終処分場の受入が限界にきているため,受入制限や処分費用が高騰し,収益へのマイナス影響が拡大している。A社では通年で人材募集をするが3K職と回避される傾向が強く,人材確保に苦慮している。少子高齢化による就業者不足と合わせて,この傾向は強くなる一方であり事業維持にも困難をきたす大きな脅威となる。

3.A社の課題と改善の方向性

SWOT分析から導くA社の経営課題は,収益性の高い事業分野への構造転換である。そのためには,中核事業に成長したリサイクル事業の更なる強化が目指す方向となる。解体現場からの排出物は,収集運搬・積替・保管を経て中間処理施設で選別されリサイクル工場と最終処分場に搬出される。A社も受入れ量の拡大に従い,リサイクルセンターでの処理効率化が求められるが一番のボトムネックが選別工程にある。現在,持ち込まれた混合廃棄物は手選別工程を経てリサイクル品,最終処分品に振り分けられるが,選別精度が荒く結果として最終処分品が膨らみ収益に悪影響を与えている。最終処分品は,最寄りの最終処分場自体が枯渇していることから遠く道央地区まで輸送しており,最終処分埋立費用の高騰に合わせて輸送費用も燃料高により収益を更に圧迫している。また,処理量の増加に合わせて従事者の高負荷が顕著になっており,働き手不足も加わり経営上のリスクと捉えている。持続可能な循環経済への移行推進と資源価格の高騰により,リサイクル品への需要が増している。リサイクルラインを高度化することで最終処分品の削減,需要拡大への対応と作業員の負荷軽減に取組む計画である。

4.具体的な対策と実施項目

 (1)  リサイクルラインの高度化

A社リサイクルセンターでの建設混合廃棄物の選別工程効率化に取り組む。現在,受け入れた建設系廃棄物は,破砕機を使った荒破砕工程を経て人手による選別を行い,リサイクル品と最終処分品に分類され搬出される。最終処分品は,道北地区最終処分場が枯渇していることから,遠方の道央地区の最終処分場まで300Km超を自社トラック便で往復することになっている。選別精度を上げることで最終処分場持込量を減らすことができ,最終処分費用および輸送費用の削減,作業者の負担軽減につなげる。持込量の最も多い建設系混合廃棄物の処理工程を以下に記載する。

リサイクルライン処理の流れ

1) 破砕工程     :    持ち込まれた建設系廃材の重量物を荒破砕する。

2) 篩(ふるい)分け工程     :  荒破砕された産廃品から残土など小さなゴミ類を取り除く。

3) 軽量選別工程     :  体積の大きい軽量物(例:紙くず,廃プラ,繊維くずなど)を除去する。

4) 手選別工程 :  前工程を経て搬送ベルトコンベアで人手による選別を行う。

従来は,コンクリート土間に中腰姿勢で作業を行っていたが,立ち姿勢に変えて作業条件にあったコンベア調整で作業効率UPと身体負荷を軽減する。

 (2)  優良認定取得とコンプライアンス遵守

環境問題への社会的要請が高まる中,A社は処理業者として北海道優良産廃処理業者の認定取得を目指している。同制度の認定を受けるためには,遵法性,事業の透明性,環境配慮の取組,電子マニフェスト,財務体質の健全性,の5つの基準に適合することが必要となる。その一つである環境配慮の取組みとして,エコアクション21の認証登録を進めている。また,収集運搬事業では,排ガス規制基準に適合した車両への計画的な更新と法定速度の遵守,アイドリングストップなど担当社員への教育と継続的な啓蒙活動を実施する。廃棄物処理法が厳格化されており,とくに「欠格事項」の規定は厳しく,許可が取り消しになると廃業もあり得る大きなリスクとなる。外部機関の支援も得ながらコンプライアンス教育の徹底と従業員の働きがい醸成にも取り組む。

 (3)  IT利活用

A社はIT化の取組みが比較的遅れていたが,電子マニフェスト制度などIT化への対応を進める。現在,表計算ソフトで管理している配車運行をクラウドサービスで提供される車両運行管理システムに切り替える。産廃の配車要件が複雑なため,ベテラン運行管理者の依存度が高く,システム導入は管理者の負荷軽減と属人化を防ぐ狙いがある。また,同システムを契機にデータ活用と社内業務見直しを通じて従業者の負荷減と効率化につなげていく。

 (4) 業者間連携

A社は,産業廃棄物の処分とリサイクルとを行うため,労働力とリサイクル技術が重要な経営資源となる。顧客から廃棄物処理の依頼を受けたとき,自社で対応できるものと限らないため,業者間のネットワークづくりを進め最終処分量を減らす。地域の同業者からの中間処理受入や顧客である住宅メーカーからのニーズにも応えられるよう取り組む。

5.経営革新で目指す利益計画

A社直近決算では,リサイクル品相場の高騰で売上が伸長し収益も伸びたが,1年目以降は平年並みに落ち着くとみており,リサイクルライン高度化による設備投資と生産性向上による収益改善を折り込み改善後の計画値とした。現在の廃棄物受入量は約1,000t/年であるが,投資効果から受入量を増やし3年目は,1,200t/年を見込む。設備投資による減価償却費増と従業員給与伸び率の年3.0%を折り込み販売管理費に計上をしている。収益効果では,廃棄物処理の受入量増による処分売上増に加え,最終処分場への運送費および最終処分委託費の費用削減よる収益改善を見込み3年目の営業利益を50,000千円,営業利益率8%超を目標とする。

A社は,環境を守る社会的使命と排出者が処理責任を全うするための重要な社会インフラを担っており、事業を通して循環型社会構築にも貢献していく。

第79回 経営者と遺言

会社を立ち上げ、その会社を苦労して成長させてきた経営者の皆さん

あなたが亡くなった後、その会社はどうなって欲しいですか。自分で作った会社だから、自分の代で終わらせてしまおうと考える方もいるでしょう。いやいや、苦労して作った会社なのだからもっともっと成長して欲しい、大きく成長しなくとも自分が生きた証として継続はして欲しいなど、経営者として会社の存続を考える人は多くいると思います。

では、会社を後継者にスムーズに引き継ぎ、存続させるためにはどんな準備をしておけばよいのでしょうか。今回のコラムでは、経営者である自分が亡くなった後、事業承継を比較的スムーズに行える手段となる「遺言」について説明します。

1. 遺言とは

遺言とは、遺言者(遺言を書く人)の財産を誰に残すか、という遺言者の最終意思表示のことを言います。これを書面化したものが遺言書です。一般的には、「ゆいごん」と読まれますが、法律用語としては「いごん」と読みます。遺言の効力は、遺言書に書かれること全てに及ぶのではなく、民法で規定されている「遺言事項」についてのみ、法的効果が生じます。

遺言事項としては、相続分の指定、特別受益分の控除、遺産分割方法の指定、推定相続人の廃除、こどもの認知、遺言執行者の指定、祖先の祭祀主宰者等が民法上規定されています。

他方で、遺言事項以外の事項については「付言事項」と言います。法的な強制力はありませんが、たとえば遺言者がなぜこのような遺言を書いたのかという心情を書くことによって、これを読んだ相続人等が遺言者の気持ちを理解し、争いを未然に防ぐというメリットがあります。

2. 遺言の種類

2-1 自筆証書遺言

自筆証書遺言とは、遺言者が遺言の全文、日付、氏名を手書きして、これに押印する方式で行われます。紙とペンさえあれば遺言書を作成できるので、費用もかからず、簡便な方法として多く利用されています。もっとも、法律知識がないと、内容が不明確であったり、方式上の誤りを侵しやすく、かえって紛争を生じさせる可能性が高くなってしまいます。また、保管方法によっては、紛失や改ざんのおそれがあること、手書きでの遺言書作成は高齢者や身体の不自由な方にとってはかなりの負担をともなうことというデメリットもあります。

しかし、上記のデメリットは、(1)自筆証書遺言保管制度の創設や(2)自筆証書遺言の方式緩和により、解消されてきている側面があります。具体的に、(2)については、遺言書を法務局で預かってもらえる制度です。保管申請する際に、保管官が遺言書の形式的なチェックをしてくれるので(遺言の内容まではチェックしてくれません)、方式上の誤りを防ぐことができます。また、遺言書の原本及び画像データを長期間保管してもらえるので(原本は遺言者死亡後50年間、画像データは150年間)、紛失や改ざん等のおそれがなくなります。なお、手数料は3,900円です。

(2)については、遺言書に記載する相続財産の目録を添付するときは、その目録については自書しなくてもよいことになりました。ただし、自書によらない財産目録を添付する場合には、その財産目録の各ページには署名押印をしなければならないこととされています。このことによって、手書きの部分を大幅に減らすことができるので、遺言者の負担を軽くすることができます。このように自筆証書遺言は最近では利用しやすい方式となっているので、試しに遺言書を作ってみようという経営者の方は、まず自筆証書遺言を作成してみるのが良いかもしれません。

2-2 公正証書遺言

公正証書遺言は、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、公証人がその趣旨をまとめて法律に定められた方式に従って作成されます。公証人が遺言を作成するので、方式の不備で遺言が無効となることがなく、原本は公証役場に保管されますので、紛失や改ざんのおそれがありません。また、検認の必要がありませんので、遺言者がお亡くなりになった後、速やかに遺言の内容を実現することができ、相続人等の負担が軽減されます。紛争予防を期待できる最も確実な遺言方式と言えるでしょう。

もっとも、公正証書遺言を作成するためには戸籍謄本・不動産登記情報・固定資産評価証明書等の資料を収集しなければならず、また財産額に応じた手数料を公証人に支払わなければならないという負担が生じます。さらに、遺言を作成する際に証人を2人以上立ち会わせなければならないという制約があります。

紛争予防を確実に期待できる反面、費用面での負担が大きくなってしまうのが公正証書遺言の特徴です。お子様がいない方や離婚を経験されている方など、相続トラブルが生じる可能性のある経営者の方は公正証書遺言を作成すると良いでしょう。

3. 遺言執行者

遺言執行者とは、遺言内容を実現させる手続きを行う人です。

「遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」(民法1012条1項)ので、遺言を執行する上で幅広い権限を持ち、手続きを円滑に行うためにとても重要な役割を果たします。

たとえば、相続に伴う被相続人の預金・証券口座の解約、不動産の移転登記、自動車の名義変更等の手続きにおいて、遺言執行者が選任されていなければ、各手続きに相続人全員の署名押印や立会い等が必要となり、相続を完了させるのに多大な時間と労力を要します。遺言執行者を指定しておけば、遺言の執行を全て任せられるので、相続手続きが円滑に進みます。

では、誰に遺言執行者を任せればよいのか。

遺言執行者は、未成年者と破産者以外誰でもなることができますので、相続人を遺言執行者として選任することもできます。しかし、相続人が遺言執行者を行うとその相続人が自己に有利な手続きをしたり、他の相続人から疑惑の目を向けられたりするなど、無用なトラブルを生じさせるおそれがあります。したがって、弁護士・司法書士・行政書士等の専門家を遺言執行者とすることが望ましいです。

4. 遺留分

兄弟姉妹以外の相続人には、被相続人の財産の一定割合についての相続権が保障されています。これを、遺留分といいます。

遺言によっては、法定相続分とは異なる割合で相続財産を分配したり、相続人以外の第三者に遺贈するという場合がありますが、相続人には法律上遺留分が認められていますので、遺留分を侵害している者(遺贈を受けた者や贈与を受けた者)に対して、その遺留分に応じた金銭的な請求を行うことができます。

具体的には、被相続人の財産の額の2分の1(直系尊属のみが相続人である場合は3分の1)に自己の相続分の割合を乗じたものが請求できる金額となります。これを、遺留分侵害額請求といいます。

遺言を作成する際には、この遺留分に注意した内容にすればトラブルを未然に防ぐことができるでしょう。

以上、「遺言」について説明をしましたが、仮に遺言書を作成せずに、経営者の方が亡くなった場合、相続人全員によって遺産分割協議を行い、財産の分配を行わなくてはなりません。しかもこの協議は全員が合意しない限り終了しません。合意に至らない場合には家庭裁判所による遺産分割審判の手続きへと移行します。時間もかかりますし、誰が正式な会社の後継者なのかもはっきりしない状況が続きます。このような状況が続くことは、会社の運営にも支障がでてきますし、取引先からの信用も失いかねません。

このような事態を招かないためにも、最低限「遺言」を残して事業承継を円滑に行うための準備をしておきましょう。

第78回 日本型雇用システムの功罪分析をベースに構造的賃上げ実現への道筋と支援策を考える

日本では当たり前のように考えられている「年功序列」や「終身雇用」をベースとした日本型雇用システムですが、現在の経済環境の変化に合わず日本の経済成長を阻害する足かせになっているという専門家の意見もよく聞かれます。一方で、この日本独自の雇用システムは聖域のように考えられ、正面から改革に取組もうとする具体的なアクションは今も乏しいように感じられます。今回は聖域となりなかなか具体的な改革が進まない日本型雇用システムの功罪分析をベースに、今後目指すべき方向性について提案したいと思います。

1.日本型雇用システムの起源
日本型雇用システムは日本の伝統的なものではなく、戦中戦後に本格的に普及したものです。例えば、明治時代には少しでも条件が悪いと頻繁に職場を変え、終身雇用という発想は全くなかったそうです。ところが、昭和の大きな戦争が始まると国の軍需産業の増産要請で人手不足となり国が労働者の動員や配置、移動制限等を厳しく管理し始め、年一回の定期昇給や退職金の義務化等、厳格な労働者統制を実施したため、この制度が現在の日本型雇用システムに繋がっているようです。つまり戦時中の呪縛でもあるのです。

2.日本型雇用システムの特徴と実態
日本型雇用システムの特徴として、不況時でも解雇されない長期雇用保障による安定や企業による人的資源の安定した確保と教育等が言われてきましたが、その実態はどうでしょうか?終身雇用・年功序列制度の実態は、若年期の賃金一部強制出資+年功賃金・退職金による将来返還であり、生涯を通じた後払い賃金になっています。そして、この出資分を守ることが企業別労働組合の主な役割になっているとも言えます。また、低成長で雇用維持が難しくなると長期雇用慣行の見直しを避け、非正規社員の増加で対応するようになり、90年代以降非正規社員比率は40%近くまで上昇しました。正社員と非正規社員の身分格差が日本型雇用システムにおける長期雇用の隠れた本質であると言えます。

3.日本型雇用システムの過去の成功体験
1980年代までの日本では日本型雇用システムが大いに機能し、当時は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(エズラ・ヴォーゲル著/1979年)とも言われ、大いに注目されました。しかし、成功の背景はこの日本型システムに1980年代までの経済環境下では、極めて高い経済合理性・優位性があっただけで、普遍的に持続可能な優位性ではないと考えます。その後の日本経済の長期低迷、失われた30年の現実はその証左ではないでしょうか。

4.日本型雇用システムの改革の必要性
過去の成長時代には経済合理的で大きな役割を果たした日本型雇用システムですが、現在の低成長・女性活躍・高齢化社会での弊害が著しく、また、米ギャラップ社が定期的に行ってる「従業員エンゲージメント調査」においても、日本は他国に比べ圧倒的に低い結果となっています。もはや日本型雇用システム(終身雇用・年功序列制度)を守るか守らないかの選択を考えるのではなく、実態として持続可能ではないという前提で改革の必要性・社会のあり方を考えるべき段階にきているのではないでしょうか。日本政府においても労働市場改革の目玉として①リスキリング(学び直し)②職務給(ジョブ型人事)の導入③労働移動の円滑化による三位一体の労働市場改革を掲げてはいますが、具体的なアクションや労働法制の法令整備は遅く、改革に不可欠な雇用ルールの具体的な見直し等には至っていない状況です。

5.大企業における労務・人事改革の成功例
このような状況下で労務・人事改革に積極的に取組み、稼ぐ力を取り戻して再生した日本企業の例として日立製作所が挙げられます。バブル後の失われた30年を象徴する存在で、1990代はゆでガエル状態で変革が進まず、2001年~2010年の累計最終損益は1兆円以上の赤字を計上した日立製作所ですが、企業組織を「利益や付加価値を伸ばすための機能集団」と再定義し、ジョブ型雇用を進めることにより従業員の課題発見・創造性や自主性の醸成を促進し、事業戦略につながった企業組織への変革を実現しています。具体的には、①仕事の見える化(ジョブディスクリプションの導入)②人の見える化(統合人財プラットフォームの整備)③コミュニケーションの推進(上司と部下のミーティング等、コミュニケーションを重視)を実施し、持続的な生産性向上、賃上げ実現の源泉となる好循環雇用システムの構築を進めています。

6.中小企業こそ積極的に取組むべき「ジョブ型雇用」
日本で真の働き方改革を促進し日本再興を果たすためには労働者の約70%が働いている中小企業において変革を実現し、稼ぐ力向上と賃金アップを実現することが不可欠です。大企業に比べ従業員が少ないこと、中途入社(転職者)が多いことはジョブ型雇用の考え方を導入しやすく施策を進めやすい面も多分にあると考えます。日本においてジョブ型雇用は設計や運用が100%確立されている訳ではなく、大企業においても正解のない課題・未知への課題として取組んでいる状況です。しかし、正解のない課題解決こそ最大の付加価値があると考え、横並びで他社のまねをするのではなく、一足先に取組むことが未来の成功に繋がるのではないでしょうか。正解のない課題を最適なかたちに導くこと・導ける人材が最も付加価値が高く、最も優秀な人材であると評価されるような日本社会・労働市場になることが日本再生のカギの一つになると思います。昨今、中小企業の人手不足倒産が頻繁に報じられていますが、人手不足倒産の実態は「低収益・低賃金倒産」です。魅力的な賃金を提示できれば採用可能ですが、利益を出せず賃金アップを提示できないため人が集まらないのが実態です。今こそ独自の労務・人事改革に取組み、稼ぐ力の再構築に積極的に挑む時ではないでしょうか。

図表:賃金の硬直性打破が重要(柳川範之東大教授)に筆者加筆

 

事業部紹介

ものづくり事業部では単に製造業に限らず第一次産業でも第三次産業でも、人々の生活を豊かにする「ものづくり」機能全般にわたって企業支援をいたします。
「ものづくり」は単に、物財の製造だけを指しているのではありません。私たちは、人々の生活を豊かにし、企業に付加価値をもたらす財貨を産み出す総ての行為こそ「ものづくり」だと捉えているのです。
ものづくりの原点にかえって、それぞれの企業に適した打開策をご相談しながら発見していくご支援には、いささかの自信があります。

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